慶応義塾大学フォトニクス・リサーチ・インスティテュート  小池康博フォトニクス・リサーチ・インスティテュート所長
●文:吉井 勇・本誌編集長
●写真:川津貴信

液晶テレビの画面を三分割

 小池康博フォトニクス・リサーチ・インスティテュート所長は「フォトニクスポリマー」を次のように説明する。「光をベースにするフォトニクスと、マテリアルの高分子(ポリマー)という異なる領域が重なる分野で、光と高分子が融合すると何が起きるかを研究するものです。言葉としては私の造語です」。
 具体的に聞いてみよう。高分子の不均一な構造に光があたると相互作用が生まれる。光が屈折したり、散乱したりする。この変化は高分子の大きさに左右される。小池教授はここを極めているのである。
 最初に取り組んだのがプラスチック光ファイバー(POF)の開発だという。「光ファイバーと言えば、ガラスファイバーが今でも主流ですが、私がPOFの研究を開始した1980年代は『POFは安かろう、悪かろう』という評価でした。当時、私がチャレンジしていたファイバー内部の屈折率を変化させるGI型は、ひたすら透明にすることを追求していたこれまでのファイバーではなく、逆に別な材料を加えて屈折率の分布を作るというものでした。どんな実験を繰り返しても光は数メートルしか通らず、思うような結果が出ない日々が続きました。ここで、光が散乱するということはどういうことか、その基本、基礎に立ち返り『ファンダメンタル』から考えることにしました」と、研究の原点を建て直したのである。そこから、透明性や散乱の議論を高分子内のミクロな不均一構造の形や大きさと関係付けて考えていき、「屈折率の分布を作るには低分子の物質を入れればよいのではないかと思い付いたのです」。こうして小池教授は、革新的なGI型プラスチック光ファイバーを発明し、その基本特許を取得したのである。
 この時に得た光の散乱に関する知見は、新たな発想へ繋がっていく。「散乱を逆に利用したらいいのではないかという逆転です。当時のバックライトの世界では散乱を損失ととらえて抑えようと考えますが、なかなか実現できませんでした。高分子は不均一だからです。ならば、散乱をどんどん大きくすれば全体が光るものができます。この考えで誕生したのが、光散乱導光ポリマー(HSOTポリマー)です」と説明し、これをバックライトに使うと従来の2倍の明るさを実現できたという。
 もう一つの提案が、フォトニクスポリマーによる液晶ディスプレイの画質向上だ。何枚ものフィルムを重ねて表示する液晶ディスプレイは複屈折が存在し、色ムラが出る。ディスプレイを斜めから見ると、色やコントラストが変わってしまう現象だ。これを解決するために「『ゼロ・ゼロ複屈折ポリマー』を開発しました」と言う。
 小池教授が開発した超高速なGI型プラスチック光ファイバー。そして色ムラをなくすゼロ・ゼロ複屈折ポリマーと、従来の2倍の明るさとなるHSOTポリマーで実現する大型液晶ディスプレイ。まさに4K・8K映像を放送業界をはじめ、医療分野などで応用するための強力な新技術が、フォトニクスポリマーという材料から登場してきた。これらのアプローチを日本の新産業として発展させたいと考えるのは筆者だけではないだろう。