慶応義塾大学フォトニクス・リサーチ・インスティテュート  小池康博フォトニクス・リサーチ・インスティテュート所長
●文:吉井 勇・本誌編集長
●写真:川津貴信

 株式会社コンフォートビジョン研究所の代表取締役社長である黒木義彦博 士は、ソニーで放送用カメラの技術開発を担当し、その後に複雑系基礎 研究や視覚認知研究にたずさわり、HFR(High Frame Rate)プロジェクトを最後 に、2013年に同社を立ち上げた。オフィスのフロアの広い窓からは丹沢山系を 遠景でき、富士山の頭がのぞく。「このカメラで撮影しているんですよ」と、HD用レンズを着けたソニー時代から開発を続けているカメラを指した。
フロアには4Kスクリーンやディスプレイ計4台が比較視聴できるように並び、 カメラが2台、そして被写体となる石膏像やチャートなどがある。窓のすべてに自身で工事した外光を遮光する自動昇降ブラインドが取り付けられている。奥には、 社是の文章が額入りで置かれている。「我ら謙虚で闊達な精鋭たらんと欲す」。 ここにソニーの前身である東京通信工業の設立趣意書にある「真面目ナル技術者ノ技能ヲ、最高度に発揮セシムベキ自由闊達ニシテ愉快ナル理想工場ノ建設」 を受け継いだ気概を感じる。
黒木博士は大学時代、翼理論を学び空気の流れを研究していたことで、ソニ ー入社後はカメラ内に発生する熱のメカニズム解析などに没頭していった。ソニー入社後、大学時代の友人が働くTBSのスタジオで番組づくりを見学したという。 「照明があたると女優の生き生きとした存在感が、その場の空気を圧しているんですが、照明が落ち、蛍光灯になると普通の人なんです。この時、映像の奥深さを感じ、一気に数ページのレポートを書き残していました」。
 この経験から放送用カメラを開発するにはカメラを実際に使う必要があると、 「社内の同僚たちと映像を制作したいと思い、新人が担当するレクリエーションで発表することを思い立ち、UマチックVTRと3管式カメラで撮影、編集した30 分ものの番組を皆で作ったのです」と振り返る。その映像には「上司も顔を出し、 職場全体が登場するパロディもので、みんなが笑ってくれたのです。作った私た ちも多くを学び充実しました。それが良かったのか、翌年から映像制作が新人の担当するレクの定番になったのです」と振り返る。
 黒木博士の原点には、こうした現場感、事実を基点にする姿勢があるように思う。それは開発の目標とする「リアリティ豊かな映像」の追求姿勢に感じる。 リアリティの要素として高フレームレートと、奥行き感を自然に感じる立体視に着眼してきた。そのために独自の実験装置を作り、心理物理学の手法による主観評 価実験と、脳波計測による客観評価実験を重ねてきた。その結果として、「240fps の高フレームレートで動画ボヤケやジャーキネスのほぼ知覚限界となり、動画質の劣化を感じなくなること」と、「立体映像の奥行き感はフレームレートが高くなるとより正しく知覚されること」がわかったという。
この成果をもとに開発したのが「単眼レンズによる光学同時分離型立体カメラ」であり、これで撮影した映像は、同時に2Dと、円偏光方式メガネを掛けて 3Dで見ることができる。その根拠を「一般的な複眼カメラによる立体撮影では両 眼の平均間隔65ミリ程度と大きく2重像になりますが、このカメラでは換算すると20ミリ以下程度かつ原理的に2重像にならないのです」と説明する。このセンサー部にHD「240fps」の性能を持つイメージセンサーを取り付けたカメラから、 今後の5年間で「4K、8Kの画質で240fpsを実現するカメラ〔図〕を開発したい」 と、高みを目指す。図