今月の表紙 宮下幸治 (株)オリィ研究所 代表ロボットコミュニケーター吉藤健太郎

●文:渡辺 元・本誌編集長
●写真:川津貴信

 株式会社オリィ研究所の創業者で代表の吉藤健太朗氏は、同社のロボットを開発しているエンジニアでもあり、自ら「ロボットコミュニケーター」を名乗る。テレビ番組の取材や講演、プレゼンでは理路整然と、時には熱を帯びながら話し、聞き手は次第に話に引き込まれていく。そんな話術を身に着けている吉藤氏だが、小中学校時代の3年半の間、人前に出ることができなくなり不登校になったことがあった。その孤独に苦しみ、他人とのコミュニケーションを求め続けた経験が、分身ロボット「OriHime」を作り出した。

 OriHimeはロボットを介して人と人がコミケーションすることを目的としている。ベッドに設置したタブレット画面を使って視線で手振りなどの動作を操作したり、ユーザーの音声をロボットのスピーカーから発声できるOriHimeは、通常は他人とコミュニケーションを取るのが困難なALS(筋萎縮性側索硬化症)などの患者の「分身」として利用されている。会社に置いたOriHimeを自宅のベッド上から操作することによって、会社の会議に自宅から参加できるようになったALS患者もいる。「ALSの患者さんにとって、他人との距離は必ずしも物理的な距離だけではありません。健常者は身体というコミュニケーションのインターフェースを使うことで、他人との精神的な距離を突破できます。しかしALS患者はすぐ前にいる人ともコミュニケーションができません。このような状態は『閉じ込め症候群』と呼ばれることもあります。このような人たちがコミュニケーションできる方法として私が考えたのは、『分身』という考え方です。もう一つの自分の身体としての分身ロボットを障害者が自分の意のままに操って、コミュニケーションを取るという方法です」(吉藤氏)

 この7月、オリィ研究所はもう一つの画期的な新製品をリリースした。重度のALS患者など、発声ができず視線だけしか動かせない人でも、視線入力で比較的簡単に文字を入力することができるデジタル透明文字盤「OriHime-eye-」だ。従来は発声ができないALS患者がコミュニケーションをとる場合、透明な板に五十音のカナなどを書いた透明文字盤を使用していた。介助者が透明文字盤を片手で持ち、文字盤を目で指示する患者の視線を判断しながら、もう片方の手で一文字ずつカナを指差すという方法で、長文を表現するには長い時間がかかるし、患者と介助者の双方にとって重労働だ。

 それに対して新開発したOriHime-eye-は、ベッドに固定したタブレットを使用し、患者がタブレット画面上の目的のカナの近くを見ると、その付近が拡大され、簡単に目的の文字に視線を合わせて入力できる。これまでも視線入力の装置はあったが、使い方が難しくあまり普及していないのが現状だ。OriHime-eye-はあえて従来の透明文字盤の操作方法を継承することで、患者本人やその家族がすぐに使いこなすことができるようにしている。

 さらにOriHime-eye-は分身ロボットOriHimeのインターフェースとして、視線による文字入力、入力した文字の発声、ロボットの動作を操作することが可能だ。そうすれば重度のALS患者でも、OriHimeを介した遠隔コミュニケーションができる。

 吉藤氏は次世代の分身ロボット開発に向けた研究も進めている。そこでは「存在感」という要素がキーワードになるという。その独創的なロボット開発思想は、「人と人とのコミュニケーションのための分身ロボット」というロボットの新分野で、これからも次々に新しい成果を生み出し続けていきそうだ。