今月の表紙 手術室内の医療機器同士をネットワークで連携
情報の「見える化」と「組み合わせ」で手術を支援
村垣善浩 東京女子医科大学 先端生命医科学研究所 先端工学外科学分野 教授博士(医学)・博士(生命医科学)

●文:渡辺 元・本誌編集長
●写真:川津貴信

 東京女子医科大学 先端生命医科学研究所と日本医療開発研究機構(AMED)は今年6月16日、完成したばかりの脳腫瘍手術用のスマート治療室「Hyper SCOT」プロトタイプを公開した。SCOTはSmart Cyber Operating Theaterの略。「Hyper SCOT」は情報を駆使した近未来の手術室の最終目標モデルだ。東京女子医大 先端生命医科学研究所 先端工学外科学分野の村垣善浩教授と岡本淳講師らが、医療機器メーカーなど12社、5大学、AMEDの支援を得て開発した。

 従来の手術室でも、患者の状態監視、患部の診断、治療、手術者の動作補助などを行う多数の医療機器が稼働している。しかし、個々の機器は機能もメーカーも異なる。そのためそれぞれの機器が提供する情報は連携されていなかった。言い換えれば、手術を行う医師の頭の中で初めて情報が連携されていたのだ。

 「Hyper SCOT」はこの現状を変革する。手術室内の各種医療機器の情報はネットワークで連携して、手術室内の複数の医師、看護師、その他のスタッフが見ることができるマルチ画面上に表示される。しかも個々の情報を組み合わせて、より価値の高い情報として提供することができる。「Hyper SCOT」は手術の質と安全性を飛躍的に向上させる次世代型手術室として、国内外の医療関係者から注目を集めている。

 「Hyper SCOT」で術者が手術をする時に使用する椅子に座ると、正面に5枚のディスプレイが並ぶ。村垣教授はディスプレイを示して説明する。「一つの画面にMRIやビデオ顕微鏡の画像、いろいろな数値が表示されています。これらは室内にある別々の機器が提供する情報です。今までは各機器の上でしか見られませんでした。それぞれ得意分野を持つ異なる企業の機器が連携されていなかったため、情報はバラバラに提供されていたのです。『Hyper SCOT』はミドルウェアによって各機器をネットワークで繋げることで、それらの情報を連携させました」。

 例えば、MEP(運動誘発電位)を計測する機器からの情報は、術者が持っているピンセットや吸引管などの手術器具の位置を示すナビゲーションシステムの情報と連携して表示される。「今、画面にはMEPの時系列データが45%と表示されています。MEPは術中に電気刺激を脳の表面に加えた時の筋肉の動きを計ります。45%に筋電図の電位が下がっているというのは、刺激した場所は運動神経が充分繋がっていないため、麻痺が生じる可能性があるということを示しています。従来は数値と時刻の情報だけが示され、それが脳のどの部分を刺激した時の数値かという情報は、術者の頭の中にしかありませんでした。『Hyper SCOT』はMEPとナビゲーションシステムの情報を組み合わせることで、何時何分の脳のどの部分における数値かを表示して記録し、術後に解析もできます」(村垣教授)。術中迅速病理診断のために細胞のDNA量を計測するフローサイトメトリーの情報も、細胞のサンプルを採った位置情報と組み合わせて提供される。これらはほんの一部の例だ。

 「Hyper SCOT」には情報連携の他にも、術中にベッドごと患者を室内のMRI に移動して撮影できるロボットベッド、3Dビデオ顕微鏡など、最先端の医療技術が使用されている。

 「Hyper SCOT」は2019年度に臨床で活用を開始することを目指して、現在一部機器の薬事承認を検討しているところだ。今回のプロトタイプは脳腫瘍用の手術室だが、今後他の分野の手術にも活用されることが期待できる。

 「プロトタイプが完成したことで、医療機器メーカーの間に自社製品と他社製品を連携させるという動きが加速してきました。また、海外の医療機関からの見学も増えています。米国やロシアで最高水準の先進的な病院や台湾、モンゴルなどの病院からも先生が来られました」(村垣教授)。日本発の“手術室のイノベーション”が世界に拡がり始めている。