今月の表紙 2017年3月発売予定「網膜走査型レーザアイウェア」はVR・ARデバイスのデファクトスタンダードを目指す
菅原 充 株式会社QDレーザ 代表取締役社長/工学博士

 

●文:渡辺 元・本誌編集長
●写真:川津貴信

 普通のサングラスとほとんど変わらない外観の小型ヘッドマウントディスプレイ(HMD)「網膜走査型レーザアイウェア」は、2016年10月4日〜 7日に開催されたCEATEC 2016で最も注目を集めた機器だ。開発したのは富士通からスピンアウトしたベンチャー企業で、半導体レーザや微小な光学系装置の高度な技術を持つ株式会社QDレーザ。富士通ブース内の展示コーナーは、実際にかけてみようという来場者で常に順番待ちの状態だった。優れた展示物を表彰するCEATEC AWARD 2016の最高賞である経済産業大臣賞と、米国メディアパネル・イノベーションアワードのGrand-Prixを受賞した。技術の先進性と将来の可能性が評価されたのだろう。

 「網膜走査型レーザアイウェア」は“メガネ”のフレームに埋め込まれているカメラが撮影した映像を、これもフレーム内に設置された超小型プロジェクタからユーザの網膜にレーザで投影する仕組みだ。通常のHMDは目の前の液晶ディスプレイを見るという仕組みだが、「網膜走査型レーザアイウェア」は網膜に直接投影された映像を視神経が知覚する。映像は解像度720p、フレームレート60fps。色域は原理的にはBT.2020と同水準だ。2015年のCEATECにも出展したが、この1年で画質を中心に改良が進んだ。映像上にはARでさまざまな情報を表示できる。映像はピント調整が不要なフリーフォーカス。ズームも可能だ。

 2016年はポケモンGOが社会現象になったりソニー・インタラクティブエンタテインメントの「PlayStation VR」が発売されたりするなど、VR・ARが一気に身近になった。しかし没入型VR・ARの主流デバイスであるHMDには、普及を妨げる欠点がある、とQDレーザの菅原充代表取締役社長/工学博士は指摘する。

 「各メーカーはHMDをメガネのように小型化することを目指していますが、なかなかコンパクトになりません。そのためVR・AR市場が立ち上がるまであと5年〜10年かかると言われています。液晶ディスプレイを使った従来のHMDは、大きな画像を映そうとすると、液晶ディスプレイを大きくしなければなりません。画像のサイズと使い勝手がトレードオフになっているのです。家の中でゲームをする場合には大きなデバイスでもいいかもしれませんが、屋内外での生活の中でデバイスを意識せず気軽に使うためには、通常のメガネくらいに小型化したアイウェアが必要です。弊社の『網膜走査型レーザアイウェア』はプロジェクタで網膜に映像を投影しますので、画面を使わずに小さな装置から大きな映像を映すことができます。メガネの中に実装した装置から網膜にレーザプロジェクションで映像を投影する方式のアイウェアは、弊社のものしかありません」 「網膜走査型レーザアイウェア」の用途はVR・ARだけではない。前眼部に異常があるが網膜には異常がないというロービジョンの視覚障害者が使えば、人工的な視力を獲得することもできる。

 「実際にロービジョンの方に使ってもらったところ、今まで見ることができなかった目の前の光景が見えたため、歓声を上げていました。社会的失明と言われる視力0.02の人が使ったところ、『普通にものが見えるようになった』とおっしゃっていました。これをかければ視力0.5の映像を見ることが可能です。走査線の密度を720pから1080 pに上げる、あるいは画角を縮小すると、もっと視力を上げることができます。白内障のご老人で手術をしたくない方も、これで視力を向上できます。現在、臨床試験を進めています」(菅原社長)

 眼球にレーザを投影するのは怖い感じもするが、使用しているレーザは国際規格(IEC60825-1)のクラス1だ。クラス1は出力が非常に低く、人体に最も安全な水準。「網膜走査型レーザアイウェア」が使用しているレーザの出力は、室内で目に入ってくる蛍光灯の光と同程度なので安心だ。

 製品の発売は2017年3月の予定で、価格は当初数十万円となりそうだ。生産ラインが本格的に立ち上がれば、10万円以下で販売できる見通し。発売初年度の2017年度に、数千台の出荷を見込んでいる。最初はロービジョンの人に向けた医療機器として発売する予定で、現在日米での医療機器認証の取得を進めている。その後、医療機器からさらにVR・ARを使った作業支援、エンターテインメントなどさまざまな用途に広げていく。

 「現在の機器の完成度はまだ不十分だと思っています。今後さらに小型化します。重さは現在60g強ですが、さらに40gを目標に軽量化します。最終的に目指しているのは、スマートフォンの画面を目の前にARで映して使えるスマートグラスです。この製品化を2020年までにぜひ実現したいと考えています」(菅原社長)。

 そのためにはアイウェアとクラウドの接続技術、一層の低電力化と小型化の実現がキーとなる。現在のiPhoneのようなトップシェアのスマートグラスを目指して、これからも業界最先端の開発を続けていく。