今月の表紙日本放送協会AIがニュースのネタを探し、原稿を自動作成番組制作を支援する「スマートプロダクション」技術

●文:渡辺 元・本誌編集長
●写真:木藤富士夫

 5月25日〜28日に開催されたNHK放送技術研究所の「技研公開2017」では、報道番組の取材や制作の作業を人工知能(AI)が支援したり代行したりすることによって、番組制作の迅速化や質の向上を実現する「スマートプロダクション」技術の最新の研究成果が公開された。スマートプロダクションは昨年の技研公開で初めて展示。2回目の今回は、前回より具体的なシステムを展示した。

 今回の主要なソリューションは、ソーシャルメディア分析システムと原稿自動作成システムだ。ソーシャルメディア分析システムは、Twitterなどのソーシャルメディア上の膨大な書き込みから、AIが記事のネタを探し出すというもの。現在、NHKの報道部門では人手でソーシャルメディアから記事のネタになる情報を探し出している。記事になりそうなキーワードをあらかじめ用意しておき、そのキーワードによる検索に引っかかった書き込みをチェックしているのだ。

 それに対して今回のシステムは、「その作業で蓄積されたデータを使ってディープラーニングの機械学習をしたAIが、ソーシャルメディア上の膨大な書き込みをビッグデータ解析して記事になりそうな書き込みを抽出し、分野別に整理します。“あらかじめ用意したキーワードは含まれていないが、記事になりそうな情報”についても取得することが可能です」(NHK放送技術研究所 ヒューマンインターフェース研究部 上級研究員後藤 淳氏)。従来のような人手による方法よりも、省力化、時間短縮ができるし、人手ではチェックが不可能な大量の書き込みから記事になる情報を見つけ出せる。解析方法は「ソーシャルメディア上の文章を一文字ずつニューラルネットワークに入力して、単語だけでなく文脈を解析してその書き込みが火災や事故など何について書かれたものなのかということを判定しています」(NHK放送技術研究所 ヒューマンインターフェース研究部 宮﨑太郎氏)。

 ニュースのネタを探し出すソーシャルメディア分析は記者の取材を支援する機能だが、スマートプロダクションのシステムはニュース原稿を自動的に作成する機能も持っている。この原稿自動作成システムについては、展示では昨年の台風時のセンサー情報からニュース原稿を自動生成するというデモを見せた。画面には全国各地の河川に設置されたたくさんの水位センサーの中から、特に水位が上昇している地点が地図上に色分けして表示され、各地点の水位のグラフも表示されている。「台風のようにたくさんの地点で同時に水位が上昇している時には、記者はそれぞれの地点について取材したりニュース原稿を書く業務に忙殺されます。このシステムでは、県内のどこで水位が上昇しているかということがすぐにわかります。さらに地図上の地点をタッチして選択しておくと、その地点で危険水位を超えたときにそれがトリガーとなって自動的にニュース原稿を生成することができます」(NHK放送技術研究所ヒューマンインターフェース研究部 武井友香氏)。

 実際に、岩手県の地図上に表示されている「馬淵川(岩根橋)」を危険水位に達する前にタッチしてみる。その後水位センサーが危険水位を超えたことを観測すると、すぐに「国土交通省によりますと、8時30分現在、岩手県を流れる馬淵川は、一戸町の岩根橋で氾濫危険水位を超える2.29mの水位を観測しました。」という原稿が生成され、画面に表示された。この河川水位の情報は、公開されているものを活用している。「オープンデータの河川水位情報と、NHKが蓄積しているこれまでの大量のニュース原稿をAIが組み合わせることによって、それぞれの状況に適した原稿を新たに自動生成します」(宮﨑氏)。自動生成した原稿は、記者が最終的に確認してから放送への利用を判断する。

 現状では、台風などの災害時には記者が24時間体制で河川水位などの数値を監視して原稿を執筆しているが、災害時のニュース原稿はいかに短時間で作成して発信できるかが、人的被害を最小限に食い止めるためには重要だ。このシステムは定型的な原稿はAIが短時間で自動生成し、実際に現場に行って取材するといったことに記者のマンパワーを振り分けることができる。

 スマートプロダクションの機能はこれだけではない。今回の展示では、障害者のための手話CGや音声ガイドの自動生成など、2020年の東京オリンピック・パラリンピックの中継番組での利用を目指した研究開発も展示された。

 今回のシステムに使用されているAIは、技研独自のものだ。例えばフジテレビはMicrosoftのクラウドサービス「Microsoft Azure」で提供されるAIを利用してコンテンツを加工する試みを行っているが、そのような外部のAIをそのまま利用するのではなく技研独自開発のシステムを使っているのだ。その意味を後藤上級研究員が説明してくれた。「NHKはAIによる音声認識を使った字幕サービスを始めた最初の放送局です。機械学習に関しては、現在のニューラルネットワークやディープラーニングの基礎となったネオコグニトロンは技研で開発されました。このように技研にはさまざまなAIの研究開発による技術の蓄積があります。この蓄積された技術を活用して、放送現場の新たな課題に取り組んでいます。一方で私たちのオリジナルの技術に加えて、外部の技術も積極的に取り入れてスマートプロダクション技術を磨いていきたいと考えています」。

 今回展示されたシステムは、約30名で構成された技研のAI研究グループ「スマートプロダクションラボ」がNHKの放送現場と連携して研究開発した成果だ。今後も技研からは放送現場が求める新しいAI技術やソリューションが次々に誕生しそうだ。

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ソーシャルメディア分析システムの画面
ソーシャルメディア分析システムの画面。画面左側に表示されているのは、AI が解析中の実際のソーシャルメディア上の書き込み。解析が終わった書き込みは、火事・火災、列車・交通事故、気象・災害情報、などに分類されて画面右側に整理される。各書き込みの下には、AI が判断した“ニュースになる度合”を数字で表示(1に近いほど度合いが高い)。「雨やんだら図書館行こ」のスコアは低いが、「小さな竜巻発生」は0.999と非常に高い

河川水位の原稿自動作成システムの画面
河川水位の原稿自動作成システムの画面。地図上には各地点の水位を氾濫危険水位、避難判断水位などの段階別に赤、黄、青などで色分けして表示。棒グラフは各地点の水位が閾値に達するまであと何m なのかを示している。氾濫危険水位に達すると、直ちにAIがニュース原稿を自動作成する(作った原稿は画面右上に表示)

競技データからAI が自動変換した手話CG
競技データからAI が自動変換した手話CG。2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、スマートプロダクションは障害者や外国人のためのバリアフリーコンテンツへの自動変換機能の開発も進めている