今月の表紙 「創刊 35年記念号」に寄せて

1983年12月号(創刊号)の表紙

 1983年11月創刊の『月刊ニューメディア』は、この11月で創刊35年目に入る。今月号は「創刊35年記念号」と題して、これまでの35年間のメディアの歴史とこれからの新しいメディアの展望を、編集部による取材や各分野の識者の寄稿、インタビューでまとめた。

 本稿を書くために、創刊からの35年を振り返ろうと改めて創刊号を手にしてみた。古い紙の匂いのする傷んだ表紙を捲ると、「アメリカCATVビジネスの正念場」「CNNの日本展開」「どうなるVAN法の外資規制」「日米ハイテック戦争と'84米大統領選」「サテライト新聞< USATODAY >の挑戦」「実用化を迎える日本型ビデオテックスの問題点<キャプテン>は泣いている」など、1980年代初めの放送・通信が新しい技術とビジネスに向けてダイナミックに動き出す息遣いが聞こえてきそうな記事が並んでいる。しかしその中で筆者が惹かれたのは、雑誌の後ろの方に掲載されていた地味なエッセイだ。

 それは小誌記者がカメラマンとともに、これから創刊する雑誌と同じ名前の「ニューメディア」という名前の街を探しに米国ペンシルベニア州にあるメディアという名の街を旅する紀行記事だ。メディアの街に行けばニューメディアという地区もあるかもしれないと、彼らは成り行き任せでメディアを訪れ、街の中を彷徨う。しかしニューメディアは見つからず、疲れ果てた彼らは一軒の古いイタリアンレストランに入る。

そこは18世紀から続いている店で、主人の老人は二人の日本人に言う。「お前たちはニューメディアという街を探しているのか。そんなものはない。メディアとは国の中心、州の中心、街の中心、つまり人間ということだ。だからずっと昔、移民が住み着くようになってから、ここはメディア、俺たちの故郷だ」。

 それを聞いて記者は、「媒体」というメディアの日本語訳は適訳ではないのでは、と思う。そして次のように考える。米国に渡ってきた移民たちは、最初に住み始めた地方をニューイングランドと名付けた。イングランドでは果たせなかった夢を、新天地「ニュー」イングランドで現実のものにしようとしたのだろう。しかしメディアの街には「ニュー」はない。きっとこの土地に来た移民たちは、「ここにこそ人間住めり」とゼロから創造する気概で街を作り上げようと考え、ここをメディアと名付けたのだろう──。

 メディアの街の名前が本当にそのような由来を持つのか定かではない。しかし移民たちがメディアという新たな地名に「ここにこそ人間住めり、とゼロから創造する気概」を表したというのは、小誌が扱っている電子メディアのあるべき姿と重なる。AppleもAmazonもGoogleも、既存のメディアの概念に囚われることなく、ゼロから創造したメディアで人の住む世界まで変えてしまったのだ。今月号でも特集しているネット常時同時配信をめぐってなかなか進展しない日本での議論も、ゼロから新しいメディアを創造するという発想に立てば、展望が見えてくるだろう。

 ニューメディア探しのエッセイは、二人の日本人がメディアの街から列車の軌道を辿って行き、やがて別の大きな街に出るところで終わる。彼らがその後どのような旅を続けたのかは書かれていない。小誌『月刊ニューメディア』の35年にわたる旅路も、次にどんな場所に行き着くのかはわからない。だが、8K、IoT、AI、宇宙ICTなどの新領域から、さらにまだ兆しさえ見えない技術・ビジネスの地平線の果てまで、「ゼロから創造する新しいメディアと人の暮らし」を追い求める旅を続けていく気概はある。

 その覚悟を込めて、創刊35年記念号の表紙には創刊号と同じように、地平線から今まさに昇ろうとしている太陽を描いた。

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