今月の表紙 テレビ松本ケーブルビジョン × 古河電気工業

●文:渡辺 元・本誌編集長
●写真:谷口龍平

 IoT専門のベンチャー企業である株式会社Momoは2017年12月、専門知識がなくても購入者が簡単にIoTを使える画期的なIoTプラットフォーム「Palette IoT」を発表した。

 Momoはシステム会社でスマホの制御を行うMDM(Mobile Device Management)の開発などを担当していた大津真人氏が、2016年に創業した。現在、大津氏は同社の代表取締役を務めている。本社は神戸市で、従業員数は7名。社員はハードウェアやモデリングのエンジニアなどだ。上場企業の代表者が中心のエンジェル投資家5名が、同社の事業戦略などの判断を補助。その中のLinkedIn日本最高責任者である村上臣氏は、前職でYahoo! JAPANのCMO(チーフモバイルオフィサー)を務めた。Yahoo! JAPANのIoT「myThings」の事業を担当し、海外のIoTに関する知見を持つ人物だ。Momoは2016年に神戸市のベンチャー支援事業であるKOBE Global StartupGatewayや大阪市の同様のベンチャー支援事業に採択された。2017年には経済産業省のベンチャー支援事業「飛躍 Next Enterprise 2018」にも採択されるなど、創業間もないが評価が高い。

 ガートナーの調査によると、世界で1年間に導入されたIoTデバイスの台数は2014年に4億個と推定される。それが2020年に年間9億個に伸びる。それでは市場の伸びはどうだろうか。実はこれが意外に少ないのだ。「2017年に6兆円の市場が、2021年には11兆円にしか成長しない予想です。年平均の成長率はわずか17%に止まります。IoT市場の成長を妨げる原因は、導入・運用コストが高すぎることです。I oTプラットフォームの多くはバックエンドや試作基板を提供するものです。そのためIoTデバイスとソフトウェア開発の初期コストの負担が大きくなります。IoTは“受託ビジネスの草刈り場”になっているのが現状なのです」(大津氏)。イニシャルコストが1,000万円以上かかるケースがほとんどだ。

 さらに月額料金によるランニングコストもかかるサービスが多い。「現状のIoTはLoRaやSIGFOXを利用するかSIMの購入が必要。IoTで集めたデータを第三者に送信しなければならないか高価なゲートウェイを購入、設置しなくてはならない仕組みにもなっています。通信事業者やソリューションベンダーとの契約をしなければなりません。IoTは通信事業者やベンダーが得をするビジネスモデルになっているのです」(大津氏)。

 それに対してMomoの「Palette IoT」は、デバイス購入費用しかかからない(外部ネットワークにデータを送信する場合には、別途低額だが費用が必要)。購入した後は、スマホの専用アプリを使って直感的なUIでネットワーク構成などを設定して、すぐに使用できる。「従来のIoTの設定に必須のプログラミングやサーバの知識は不要です。デバイスにはよく使われる8種類のセンサー(温度、湿度、距離、加速度、人感、タッチ、明るさのセンサーなど)が標準搭載されています。今後CO2 、電流の流れやすさ、心拍などのセンサーも追加する予定です。このデバイスだけでIoTのシステムを組めるわけです」(大津氏)。最近こんな笑い話がある。ITに詳しくないユーザー企業の社長が社員に「今はIoTの時代だ! すぐIoTを買ってこい」と命じ、社員は「IoTは買ってこられるものではないし……」と困ってしまう−−。「ところが『PaletteIoT』ならば、社員が『社長、IoT買ってきました!』で済みます(笑)。買ってきたらすぐに使えます」(大津氏)。デバイスが集めたデータを地図上に表示したりグラフ化する機能も持っている。

 IoTデバイスをインターネットに接続する必要もない。デバイスから集めるデータは温度、湿度、振動、人感などのデータが多い。「IoTはInternet of Thingsの略ですが、このようなデータで検知や予知を行うといったユーザーの目的を果たすには、インターネットへの接続は必ずしも必要ではありません。それに現在は多くのIoTデバイスに搭載されているSIMから、キャリアの回線を通してインターネットにデータを送っています。これが近い将来IoTデバイスが約10億個に増加すると見られており、キャリアの回線にかかる通信負荷が問題になるのは必至です。『Palette IoT』に搭載しているIoT基板はWi-SUN(特定小電力無線)のアンテナを搭載しており、インターネットを通さずデバイス同士でWi-SUNの無線接続によるP2Pのメッシュネットワークを構成できます」(大津氏)。Wi -SUNは低消費電力だが、長距離伝送ができるのが特徴だ。各デバイス間は最大1.5k m離れていても通信できる。Wi-SUNは30台のデバイスをバケツリレー方式のマルチホップ通信で接続可能。30台つなげば論理上45kmの距離を通信できることになる。「Palette IoT」はIoTデバイスとユーザーがインターネットを介さずにデータを理解可能な形式で提供する。大津氏は「IoTデバイスの半分以上は『Palette IoT』のようにインターネットに接続しないIoTに置き換えることができるでしょう」と言う。

 「Palette IoT」はプログラミングやネットワークのリテラシーが高くない企業や、IoTで新事業を立ち上げたいがIoTデバイスの試作・開発を低コスト・短時間で済ませたい企業などが主なターゲットだ。かつてはWebサイトで情報発信しようとすると、HTML言語の知識が必要だったが、今は誰でもブログなどで簡単に情報発信できるようになった。プログラミングやネットワークの知識がなくてもデバイスを買ってくれば簡単に使える「Palette IoT」によって、大津氏はWebで起こったこの大きな変化をIoTでも実現しようとしている。

 また、「Palette IoT」は農業、工業等各分野の提携企業とソリューションを共同開発し提携企業による代理販売をしていく戦略を計画しており、プラットフォームだけが先行しキラーアプリのなかったIoTの弱点を克服することを目指している。Momoがユーザー企業と共同で行う「Palette IoT」の実証実験は、すでに運送、農業、警備、医療・介護などの5分野・7件で実施することが決定している。具体的には、警備における巡回業務の欠陥防止(株式会社三木美研舎との合同実証実験)、ビニールハウス向けのセンサーキットや米びつ内の米の残量をセンサリングして米を自動発注(うむ株式会社と)、介護業務の負担軽減(株式会社KURASERUと)などだ。「インターネットに接続する必要のない『Palette IoT』は、通信インフラが未整備で、回線量負担軽減の要望の強いアフリカや東南アジアでも導入の検討を進行中です」(大津氏)。大津氏はアフリカに飛んで現地の政府関係者と協議するなど、海外での導入に向けた活動にも精力的に取り組んでいる。

 「インターネットに接続しないIoT」は、Momoから世界の潮流となる可能性を秘めている。

月刊ニューメディア アイコン