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アバターサービスの世界的プラットフォームを目指す「ANA AVATAR」深堀 昂 ANAホールディングス株式会社 デジタル・デザイン・ラボ アバター・
プログラム・ディレクター
梶谷ケビン ANAホールディングス株式会社 デジタル・デザイン・ラボ アバター・
プログラム・イノベーション・リサーチャー

●文:渡辺 元・本誌編集長
●写真:川津貴信

 

賞金レースで開発を加速

 ANAホールディングス株式会社は3月、ロボット事業「ANA AVATAR」の構想を発表した。遠隔地にあるロボット(アバター)を通して、現地の光景や音だけでなく物の感触や熱さ、冷たさなどをリアルに体験したり、現地でのコミュニケーションや遠隔作業ができるサービスを提供するというもの。一流のアスリートや職人が身体の動きをアバターに伝送させることで、それらの特殊技能をアバターを通して世界中の人々に提供するスキルシェアのサービスも可能になる。ANAは先ごろ発表した中期経営戦略の中で、「新しい未来の創造」を打ち出している。ANA AVATARはその一環だ。ANA AVATARのプロジェクトを率いている、ANAホールディングス株式会社 デジタル・デザイン・ラボ アバター・プログラム・ディレクター 深堀昂氏は、「ANA AVATARはこれまで人類がずっと縛られてきた、住んでいる場所、生まれた場所、身体的な限界、文化の壁というような制限を乗り越えて、世界中の人々をつなげて世界をより良くできる、と私たちは信じています」と語る。

 ANAはこの構想を実現するための取り組みを実施している。まず、人間のように一体で何でもできる高性能な汎用アバターの開発を賭けた国際賞金レース「ANA AVATARXPRIZE」を開始。ANA AVATAR への、VR、AR、テレコミュニケーション、センサー、ハプティクス技術(触覚技術)など先端技術の統合を図る。これはXPRIZE財団が外部のパートナーと一緒に設計して実施する賞金レースの一つで、ANAは同財団が外部パートナーを選ぶコンペに参加し優勝した。なお、ANAのチームにはアドバイザーとして、シンギュラリティの概念を唱えた人工知能研究者で未来学者のレイ・カーツワイル氏など、著名な学者が参画した。今年3月に米国で開催されたSouth by Southwest(SXSW)で開始を発表。世界中からすでに150チームを超える事前登録があった。この賞金レースの賞金総額は1,000万ドル、レース期間は約4年間。2021年10月に本戦が行われる。また、大分県庁と共同でANA AVATARのテストフィールドを設置。ここで実証実験を行い、サービス化を加速させる。アバター技術を開発するスタートアップ企業に対しては、ANAが運営するクラウドファンディングで支援する。

 そしてアバターサービスのプラットフォームとして、「ANAAVATAR VISION」を立ち上げる。これは世界中に置かれたアバターにユーザーがログインし、遠隔地での体験やコミュニケーション、作業を行う世界初のサービスを目指したものだ。サービスの分野は、教育、医療、スキルシェア、エンターテインメント、スポーツ、観光、宇宙開発など。3月に羽田空港で開かれたANA AVATARの記者発表会では、一部のサービスをデモで紹介した。
 「ANA AVATAR FISHING」は慶應義塾大学 理工学部システムデザイン工学科 野崎貴裕専任講師が開発したハプティクス技術を活用。ユーザーは羽田でヘッドマウントディスプレイと釣り竿型の操作キットを使い、遠く離れた大分県佐伯市にある海洋釣り堀に設置された釣り竿ロボットでシマアジやブリを遠隔操作で釣ることができる。大分側の釣り竿ロボット側の当たりや引きは、ハプティクス技術によって羽田側の釣り竿型操作キットに再現されるため、ユーザーは実際に釣りをしているような感覚をリアルに体験できる。釣った魚を新鮮な状態で自宅に届けるというサービスも含まれている。「ANA AVATAR AIRPORT SERVICE」はシリコンバレーにあるSuitable Technologiesが開発したモニター付き可動型ロボット「Beam Pro」を使ったサービスだ。空港にBeam Proを置き、訪日外国人の旅客にBeamProのモニターを通してANAの職員が遠隔地から多言語で案内サービスを行う。この他にもさまざまなアバターサービスが検討されている。

 今後は2018年上期にANA AVATARのプロトタイプの開発を進め、同年下期にはフィールドでの実証実験を実施、2019年7月から順次サービス提供を開始する計画だ。

人類を肉体的な制限から解放

  ANA AVATAR VISIONはANAだけでなく他の企業のアバターサービスも提供できるようにすることを目指している。つまりANAはアバターサービスの世界的なプラットフォーマーとしてB2C、B2Bのビジネスを確立することを構想しているのだ。スマートスピーカーの分野では先行するGoogle、Amazonなどがユーザーの音声のビッグデータを取得してディープラーニングを行いサービスの精度を向上させているため、日本などの後発企業は対抗するのは難しい。同じようにANAはアバターサービスのプラットフォームで先行することによって、ユーザーの動作のデータなどロボット技術を向上させるのに必要なビッグデータを他社よりも先に大量に取得して、 ディープラーニングで処理することができる。「ANAはアバターサービスにおけるUberのようなポジションを目指しています」(深堀氏)。ANA AVATAR VISIONは遠隔フィッシングなどのサービスの手数料だけを目的にしたものではなく、その先にはアバターサービスの世界的なプラットフォームビジネスを構築するという壮大な構想があるのだ。

 アバターサービスのプラットフォームを展開するためには、信頼性の高い通信やクラウドのシステムを用意することが重要となる。現在ANA AVATAR VISIONのプロジェクトにはNTTドコモ、KDDI、ソフトバンクが参画しており、これらがプラットフォームの通信システムの部分を提供する可能性が高い。「ANAはエアラインで通信事業者やロボティクス関連企業と競合関係にないため、それらの主要各社がプラットフォームに参加しやすい位置にあります」(深堀氏)。

 深堀氏とともにANA AVATARのプロジェクトを率いるANAホールディングス株式会社 デジタル・デザイン・ラボアバター・プログラム・イノベーション・リサーチャー 梶谷ケビン氏は、このプロジェクトの遠大な目標を語る。「ANA AVATARは人間を肉体的な制限から解放させることができます。アバターであれば遠隔地に瞬間的に移動したり、身体の拡大・縮小、身体機能の増強、伝染病が蔓延している地域での診療、放射線で汚染された場所や宇宙など危険なところで作業することもできます。現在インターネットによって情報面では世界各地の格差は非常に小さくなりました。しかし医師による手術、工事などの特殊技能の人的リソース供給については、紛争地や開発が遅れている地域では不十分であり、国や地域によって大きな格差が残っています。私たちが究極的に目指しているのは、世界規模でアバターのネットワークを構築し、人的リソースの供給における格差を解消させることです」。

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