今月の表紙 『カメラを止めるな!』で日本映画に一撃 上田慎一郎 映画監督

 

●文:渡辺 元・本誌編集長
●写真:広瀬まり

 

 斧を構える女性、迫るゾンビたち、血飛沫、そして興奮した顔でそれを撮影し続ける男──。このようなシーンがスリリングに展開する映画『カメラを止めるな!』は、この夏最も話題になった映画だ。監督・俳優養成スクール「ENBUゼミナール」のワークショップで作られた。知名度が高くないキャスト、制作費は300万円のインディーズ映画で、最初は東京の2館の小規模な映画館だけで上映されていた。しかし観終わった観客がSNSなどで熱く推薦。口コミでどんどん話題が拡がり、上映館は常に満員となった。一時期は“現在最もチケットの入手が難しい映画”とまで言われたほどだ。この状況はテレビでも取り上げられ、本作の“感染者”はさらに増加し、シネコンも含む全国の約200館に上映館が拡大。今夏の名だたる大作映画に匹敵する観客数、興行収入を達成した。

 『カメラを止めるな!』はこんなストーリーだ。インディーズ映画の撮影隊が山中の廃墟でゾンビ映画を撮影していたところ、彼らは突然本物のゾンビから襲撃を受ける。撮影隊のメンバーが次々にゾンビ化していく中、本物を求める監督は「カメラは止めない!」と大喜びで撮影を続ける……という映画「を撮ったヤツらの話」。最後のカギカッコの部分はこの映画のキャッチコピーにも書かれているので、明かしてもいいだろう。これ以上はネタバレになるため言いたくない。ストーリーについての知識やゾンビ映画という先入観を持たずに「何はともあれ観てほしい」という映画なのだ。ただ一つ、ゾンビ映画だからと躊躇している方には、観終わったあととても爽やかな映画だったということは言い添えたい。

 本作の監督・脚本・編集の上田慎一郎監督は、連日テレビや新聞、雑誌などで報じられる時の人となった。1984年生まれの上田監督は劇場用長編映画は今作がデビュー作だが、これまでインディーズの短編映画を中心に国内外の映画祭で50近い受賞実績(その中でグランプリは20)を持っている実力監督だ。上田監督には映画を作る上での確固とした信念がある。小誌の取材に対して、こう語ってくれた。

 「100年後の人たちが見ても面白いと思ってもらえるエンターテインメント映画を作っていきたいと思っています。どんなことがあっても笑っていれば、人生は何とかなる、という気持ちになってきます。だからコメディーを作っていきたいのです」

 この笑えるエンターテインメントという目的に向かって、上田監督はあえて困難な道に挑んでいる。『カメラを止めるな!』は廃墟でのゾンビ映画のシーンを37分間のワンシーン・ワンカットで描いた。しかも前述の、「を撮ったヤツらの話」ということからもわかるように、本作はメタフィクションによる多重構造を持っている。これは緻密な脚本と演出、俳優に課せられた複雑な演技、リハーサルの繰り返しによって成し遂げられた。なおかつキャストもスタッフも走り回る撮影現場で起きた計算外のハプニングも活かすことで、上田監督をはじめとするスタッフ、キャストたちの必死の映画製作を描くドキュメンタリーとしても見応えがあるものになった。このような映画の新しい形の中で最高のエンターテインメントを実現する、という挑戦的な映画でもあるのだ。

 「僕はこの長編映画を作るまでに、8本の映画を作ってきました。ありがたいことにいろいろな映画祭で賞をいただきましたが、その時審査員の方に『小奇麗にまとまりすぎている』ということを結構言われました。それには反発を感じながらも、『手に負えることだけをやっていた』と心当たりもありました。そこで今回は、37分間のワンカットなど、自分のような新人監督、無名の俳優、ほとんど30代の若いスタッフがやると手が届くかどうかわからないことに挑戦しました。そこで出てくるほつれやほころびとせめぎ合いながら映画を作ることで生まれてくる、二度と撮れないライブ感を丸ごと映画の中に閉じ込めようと考えたのです」(上田監督)

 これを見事に成功させたことには、他の映画監督たちも驚きを隠せなかったのではないか。本作の資料には、著名監督からの次のような推薦コメントが挙げられている。「面白い!傑作だから見逃すな!! (中略)物語は構造であると言う事をしっかり証明している」(本広克行監督)、「既存の文法なんてクソくらえ! 傑作を見逃すな!」(市井昌秀監督)、「これは映画でしかできないことをしている映画だと思いました」(今泉力哉監督)などだ。

 『カメラを止めるな!』は映画への愛情も描いた。そしてそれを受け止めた観客が、今度はSNSを通じてたくさんの人に、あるいは身近な自分の知り合いに直接、これから見る人の楽しみをネタバレで減らさないように気遣いながら、それでもこの映画の魅力を少しでも伝えようと一生懸命に感想を発信している。今回の口コミの拡大現象からは、そのような観客たちの映画への愛情が伝わってくる。まるで製作者側と観客の奇跡的な共同作品のようなこの夏の本作をめぐる盛り上がりは、「映画っていいな」と感じた人を大勢増やしたに違いない。上田監督は『カメラを止めるな!』で日本映画に爽快な一撃を振るった。月刊ニューメディア アイコン

 

『カメラを止めるな!』

監督・脚本・編集:上田慎一郎
出演:濱津隆之 真魚 しゅはまはるみ 長屋和彰 細井 学 市原 洋 山﨑俊太郎 大沢真一郎 竹原芳子 浅森咲希奈 吉田美紀 合田純奈 秋山ゆずき
撮影:曽根 剛
録音:古茂田耕吉
助監督:中泉裕矢 特殊造形・メイク:下畑和秀
ヘアメイク:平林純子
制作:吉田幸之助
主題歌・メインテーマ:鈴木伸宏&伊藤翔磨
音楽:永井カイル
アソシエイトプロデューサー:児玉健太郎 牟田浩二
プロデューサー:市橋浩治
製作:ENBU ゼミナール
配給:アスミック・エース= ENBU ゼミナール
96 分/ 16:9 / 2017 年 ©ENBUゼミナール