●文:渡辺 元・本誌編集長
●写真:川津貴信
※以下、映画のネタバレが少し含まれています。
現在公開中の映画『シン・ゴジラ』(庵野秀明総監督、樋口真嗣監督)によって、ゴジラは日本の新たな国民的キャラクターとして生まれ変わった。近年これほど話題になる日本映画はなかったのではないか。ネット上にはこの映画の感想があふれている。マスメディアでは作品の批評だけでなく、作品で描かれた現在の日本が抱える危機管理や安全保障の課題についても議論されている。
『シン・ゴジラ』がヒットし続けている最大の理由は、日本人が感じている不安感や危機感を怪獣映画という形で代弁したことだろう。この点で『シン・ゴジラ』の新しいゴジラのキャラクターが果たした役割はとても大きい。この作品におけるゴジラは、1954年に公開された第一作目のゴジラのような恐ろしいがどこか愛らしい怪獣ではなく、コントロール不能な国家的危機の象徴として不気味に描かれている。映画の観客はゴジラに託して、東日本大震災、南海トラフ地震、首都直下地震などの大災害、テロ、弾道ミサイル、核兵器、原発事故などさまざまな危機を実感したはずだ。
ゴジラをどのような危機の象徴として捉えるかは、見る人によってそれぞれ違う。この「日本人の不安感や危機感を受け入れる“着ぐるみ”としての器の大きさ」が、今回のゴジラを新たな国民的キャラクターたらしめている。そしてそれを可能にしたのが、ゴジラの居る映像における現実と虚構のさじ加減だ。ゴジラが淡々と東京を破壊していく映像は実際の出来事のようにリアルだが、同時に風刺画のようにシニカルでもある。庵野総監督と樋口監督の狙いもそこにあったのではないか。
このように絶妙なバランスの映像を作り上げたのが、VFXスーパーバイザーを務めた佐藤敦紀氏だ。佐藤氏は庵野監督の『キューティーハニー』、樋口監督の『ローレライ』『日本沈没』『隠し砦の三悪人THE LAST PRINCESS』『巨神兵東京に現わる』『のぼうの城』(犬童一心・樋口監督)、『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN 前後編』、押井守監督の『アヴァロン』『GARMWARS ガルム・ウォーズ』などを手掛けた。日本を代表するVFXスーパーバイザーである佐藤氏にとっても、『シン・ゴジラ』で両監督が狙った新しいゴジラ像を映像化するのは大きな挑戦だった。
「庵野さんは、この映画の中に現実をカリカチュアとしてどう取り込むかがテーマの一つだ、とおっしゃっています。
今の日本映画の多くは、細かい状況を全部台詞に託して喋らせてしまっています。そこまでしなければお客さんに伝わらないんじゃないか、という恐怖感の中でクリエイター側が映画を作っているのです。いろいろな解釈をしてほしくない、というクリエイターも非常に多くなりましたね。そのため、余韻、含み、行間を読ませるということがない作品がすごく多くなりました。
それに対して『シン・ゴジラ』は、細かい背景を全部すっ飛ばして映画が始まり、ラストの“尻尾のシーン”に至るまで、ここから先は自分で考えてね、という作りになっています。それゆえに、お客さんは自分のことや3・11、テロ、戦争などいろいろな状況に置き換えて考えられます。やはり庵野さんはエンターテインメントのプロとして、すごい戦略家だと思います。
僕の仕事は、総監督が考えていることを映像として現実化させていくことです。今回は庵野さんの頭の中を探るのが仕事の半分を占めました。非常にエキサイティングな情報交換をしながら、一歩一歩作り込んでいきました。
その中で驚きがいっぱいありました。ゴジラは身長118 mの生物で、二足歩行で歩いてきます。通常、このような現実からかけ離れた映像を表現するときには、ゴジラにどう生物感を出すか、というところがテーマとなると思います。しかし庵野さんはそうではなくて、あの1954年に公開された旧作のゴジラの着ぐるみみたいに、ゴムのような質感にしてください、と最初に言われたのでみんなひっくり返りました。
僕らはリアリティーをどう出すかを作業の中心にしますが、庵野さんはリアリティーが全てではないという考え方でした。例えば、“無人在来線爆弾”の映像に関してはいろいろなところから散々言われているんですけれども(笑)、あれは物理計算を行うなどもっとリアルに作り込むことも当然できたのですが、あえてアニメっぽく、ミニチュアのHOゲージのように表現しました」(佐藤氏)
『シン・ゴジラ』は全編にわたって、庵野総監督が考えた現実と虚構のベクトルをビジュアルエフェクトで映像に落とし込んだ佐藤氏の離れ業で構成されている。
佐藤氏が現在進めている作品はテレビで見られる。NHKで2018年1月放送予定のドラマ『精霊の守り人』シーズン3で、現在絵コンテムービーを制作中だ。
佐藤氏は『シン・ゴジラ』で、制作工程についても新しい試みを実施した。ビジュアルエフェクトと編集の両方を一人で行うというやり方だ。昨年公開された押井守監督映画『GARMWARS ガルム・ウォーズ』で手応えを感じていたこの試みをさらに進めた。「編集とビジュアルエフェクトというのは、実は切っても切れない関係にあります。これを一つの職種として、両方一緒にできればと以前から思っていました。編集とビジュアルエフェクトの距離を縮めることによって、映像の前後のつながりや流れ、力点に応じて、お尻を3 コマ切ったり逆に尺を伸ばすといったことが、ストレートにどんどんできるようになります」(佐藤氏)。次回作のNHKドラマ『精霊の守り人』もこのやり方で制作するという。