5月1日、短編VR映画『交際記念日』(監督:窪田崇、脚本:田中渉×窪田崇、出演:武田玲奈、西銘駿、高杉瑞穂、制作会社:電通ライブ)が全国の「VR THEATER」(ネットカフェ、カラオケ、ホテルなどでVR映像を視聴できるサービス)で公開された。この作品は高校を舞台に、卒業式を間近に控えた男女のある一日をみずみずしい映像と甘酸っぱく切ないストーリーで描いている。実写による360度映像をヘッドマウントディスプレイ(HMD)で視聴する作品で、自分が高校時代に戻って主人公たちと教室にいるような、リアルな感覚を味わえる映画だ。観終わった後も鮮烈な印象が残った。
圧倒的な没入間を得られる360度映像は、ゲームやホラー作品などによく使われている。しかし『交際記念日』は、「日本初“泣けるVR映画”」と銘打っているように、360度映像を使いながら本格的なストーリーと映画としての作品性を追求している。そこに窪田崇監督と製作スタッフたちの挑戦があった。『イエスタデイズ』『BADBOYS』『キミとボク』などの作品で知られる窪田監督は、『交際記念日』で「VR映画のための新しい映画話法」を確立しつつある。エイゼンシュテイン監督が『戦艦ポチョムキン』でモンタージュ理論を創造してから今年で92年。『交際記念日』は新しい「VR映画のモンタージュ」を作り出した、映画史に残る作品になるかもしれない。
窪田監督の「VR映画のための新しい映画話法」への挑戦の一つ目は、VRに映画的なカット割りを導入したことだ。「限定された四角い画面の中でカットが変わるのと比べて、360度の視覚全体でカットが変わると、見ている人は大きなショックを受けます。激しいカット割りはVRには向いていません。それではワンシーン・ワンカットにすればいいのかというと、それも違うと思います。映画ですので、カット割りをすることで引いて撮ってみたり、主観にしてみたりといった話法、モンタージュは必要です。そのギリギリのバランスを狙って、今回はカット割りを行いました」(窪田監督)。
挑戦の二つ目は、主観カットでの没入感が特長であるVRで、客観カットを効果的に使ったことだ。「普段僕らが目を通して見ている主観映像のようなVRの360度映像に、客観カットを入れるのは変ではないかとすごく不安でしたが、全シーンで客観カットを撮り、主観カットの中に客観カットを入れ込みました。オフライン編集では、客観カットを入れてもおかしくないバランスを探っていきました」(窪田監督)。VR映画における主観と客観の考え方について、監督や他のスタッフたちの間では激しい議論になったという。VRコンテンツに精通する電通ライブの東山雅俊プロデューサーは、「従来のVRコンテンツは主観カットだけの世界でした。でも今回は主観カットを中心にしながらも、客観カットによって映画的なモンタージュの手法を用いたいと考えました。客観カットをどれだけ入れるか、仮編集の段階でもスタッフ間で意見が割れました」と振り返る。客観カットはもっと少なくてよいという意見もあったが、客観カットを入れた方がいいという窪田監督の意見が通った。「おそらく今回の作品くらいシーンのバリエーションとカット数があって、客観カットも意図的に使っている実写のVRコンテンツは、今まで世界にもそれほどないのではないかと思います」(東山氏)。今回原作と脚本を作った電通の田中渉部長(『天国の本屋』『麻布ハレー』などを書いた小説家でもある)も、今回の判断は成功だったと言う。「原作は、VR映画だから客観カットを入れると大変だろうなと想定して組み立てました。実は私が書いた絵コンテの段階では、客観カットは冒頭と最後にしかありませんでした。ところが途中にも客観カットを入れていただいた結果、映画としてのクオリティーが上がりました。もし主観カットだけで構成されていたら、まさに恋人体感型のバーチャルゲームのようになってしまったでしょう。客観カットが入ることで物語として深みも出るし、映画らしくなりました。想像を超える良い作品を作っていただきました」。
主観カットと客観カットの区別をわかりやすく示すため、今回はドリーカットは全部客観カットにするという工夫を施した。このようなわかりやすい分け方は、通常の映画にはあまりない手法だ。「今回はVR映画という新しいジャンルの新しい映像言語を手探りで作っていく中で、あえて採用しました」(窪田監督)。ただ、複数のカメラで構成された360度カメラでの撮影では、各カメラの映像間をつなぐステッチングの処理が必要となる。静止した映像でも難しいステッチングは、ドリーでカメラを動かすとさらに困難となるが、そこはこの作品のVR映像製作を担当した株式会社ejeが高度な処理を行った。
窪田監督はVR映画の将来に大きな期待を持っている。「現在のVR映画はまだ解像度が低いですね。今回は4Kで撮影した360度映像の一部をトリミングして見ることになりますので、実際に見ている映像は720p以下の解像度です。でもこの3年ぐらいで、8K対応HMDなど新しい使用環境が出てくるかもしれません。撮影機材についても、1台のカメラで360度を撮影できステッチングの作業が不要なカメラが出てくれば、モブシーンも簡単に撮影できるようになります。今回はVR映画の初期における作り方にチャレンジさせていただきました。この最初のチャレンジは、今後機材が良くなってくるにしたがって生きてくると思います。完成した『交際記念日』を見て思ったのは、VR映画はお金をいただけるコンテンツだということです。十数分
の短編映画であれば、ワンコイン500円位のお金を払っていただけると思います。現在は視聴環境がネットカフェなど限定的ですが、観られる場所がもっと身近になれば、ビジネスとして市場が拡大すると思います。VR映画の将来に期待しています」。
VR映画の次回作の構想も膨らんでいる。「今後ぜひ作りたいVR映画は、すごく華やかなミュージカルやアクション映画です。VR映画は従来の四角い画面の中に収まった映像よりも圧倒的に迫力があります。ミュージカルやアクション映画は360度のVR映像のメリットを存分に生かせると思います」。
『交際記念日』は卒業間近な高校最後の春が舞台です。主人公は密かに交際している同級生の男女です。今年も交際記念日を一緒に迎えるはずだったのですが、2人にはある過去があります。高校生ならではの甘酸っぱく、切なく、そしてすごくキラキラした映画です。みなさんも私たちと一緒に、高校生活を体験していただけたらと思います。
VR映画は一度に360度を撮影するため、撮影中は監督などがカメラの死角に隠れなければなりませんが、かえってお芝居にすごく集中できました。俳優のほかには小さなカメラが置いてあるだけで、スタッフは誰一人いません。そのため素に近い状態で、自然なお芝居ができました。また、普段の撮影では相手の人に向かってお芝居をしますが、VR映画は主観カット ??この作品では男子の主人公の主観カット?? が多いため、私はカメラに向かってお芝居をすることが多かったのですが、それが少し難しかったですね。
今後またVRの作品をやってみたいと思っています。恋愛ものだけでなく、いろいろなVR作品に挑戦したいです。(談)