●文:渡辺 元・本誌編集長
●写真:川津貴信
Hondaは2017年10月27日〜11月5日に開催された第45回東京モーターショー2017で、全く新しい発想による近未来自動車のコンセプトモデル「Honda 家モビ Concept」を展示した。いや、これを「近未来自動車」というのは正確ではない。「近未来住宅」のコンセプトモデルでもあるからだ。とにかく言えるのは、EVと自動運転とによって、従来の「クルマ」と「家」というまったく別のものが融合し、新しい機能を提供することが可能になるということだ。
「家モビ」はクルマと家がつながっている。普段は家の一部屋として使い、出かけたい時には家から分離してクルマとして走行できる。「室内が部屋風のクルマ」ではなく「家の部屋がクルマになり、クルマが家の部屋になる」、つまり「家の部屋であり、クルマでもある」という新しい提案だ。駐車場も有効活用できる。通常の駐車場はクルマを置くことにしか使えないが、「家モビ」は外出から戻ってくると家の部屋の一つとして使えるからだ。自動運転を使えば、リビングで家族がくつろいだまま走ったり、ベッドルームで寝たまま目的地に到着したりすることもできるだろう。「クルマ」や「家」だけでなく、「出かける」という人類始まって以来の概念を変えるコンセプトモデルだ。
「家モビ」を創案したのは株式会社本田技術研究所 四輪R&Dセンターの石川厚太氏。クルマの中を家の部屋のようにくつろげる空間にするというのは、他の自動車メーカーがモーターショーに展示したコンセプトモデルにもあるが、「クルマ」と「家」を融合させるという発想をここまで具体的な形にしたモデルは、今までなかったのではないか。石川氏がこれを発想したきっかけは、自宅の新築だった。「私は設計から関与して家を新築しました。都内に引っ越してきたのですが、土地がすごく狭いので、いわゆる狭小住宅を建てることになりました。図面を自分で考えていくうちに、駐車場がどんどん後回しになっていることに気付いたのです。『駐車場がなければ』、あるいは『駐車場が部屋として使えたら』と思いました。そして駐車場のスペースがクルマにも部屋にもなればいいと思いつきました」(石川氏)。
このような発想を“夢”に終わらせず現実性のあるものにしているのが、EVと自動運転の技術だ。「昨今、EV、自動運転、IoTなどいろいろなテクノロジーが取りざたされていますが、結局のところクルマのお客様は『その技術を使うと、今のガソリン車と違うどんな新しいことができるのか』ということに興味をお持ちです。私は『家モビ』でそこをブレイクスルーしたいと思いました。EVで排ガスが出なくなればクルマと家をドッキングできます。自動運転で移動と居住の境目がない新しいライフスタイルの提案も可能です。お客様目線で『EVと自動運転になったら、こういう新しい価値が生まれます』というホンダからの提案をしたのが『家モビ』です」(石川氏)。
「家モビ」は通常の住宅と同じように外壁を左官仕上げにするなど、家としてのエクステリア・インテリアにもこだわった。石川氏はコンセプトモデルなどの先行開発とともに、四輪量産機種のエクステリアデザインを担当している。「家モビ」のエクステリアは石川氏、インテリアデザインは同じ四輪R&Dセンターの田中丈久氏が担当し、共同で「家モビ」を設計・デザインした。「家モビ」のエクステリア・インテリアは自動車技術の近未来を想定した挑戦的な試みだった。「エクステリアに漆喰やウッドパネルを使ったのは、自動運転に対応して法律が変わる可能性があるのではないかという推測による提案です。自動運転によって交通事故が起こらなくなれば法律が改正され、使用できるクルマの素材に自由度が与えられるかもしれません。漆喰やウッドパネルを使えば、デザインも家とシームレスに一体化できます。自動運転車はまだ走っていませんし、自動運転に対応した法律も整備されていませんので、デザイナーの遊び心による悪乗りかもしれませんが(笑)」(石川氏)。
「お客様目線」と言う石川氏の思いは、モーターショーの来場者にしっかり届いたようだ。Hondaブースで取材中の筆者にも、「家モビ」の周りに集まった来場者の「これ、いいよね」といった好意的な感想が聞こえてきた。石川氏も「お客様の反応は思っていたよりも良くて、作った甲斐がありました」と手応えを感じているという。たしかに「家モビ」はクルマにスポーティーさを求める従来のHondaファンからの評価は分れるかもしれない。石川氏もそれをよく承知している。「ガソリン車のファンでいてくださっているお客様はたくさんいらっしゃいます。その方たちの多くはスポーティーさをお求めになるでしょう。一方で、従来のクルマらしさはなくてもいいというお客様も増えていると思います。そういう方たちにも響く価値は何か、ということを私は考えてきました。『クルマらしくない。けれどそれもまたいい』とお客様に言っていただけるような魅力を『家モビ』で実現したいと思いました。その意味でいい提案ができました」(石川氏)。
今回Hondaに採用されたのはクルマと家を融合させたコンセプトモデルだったが、石川氏はこれ以外にもクルマといろいろなものを融合させるアイデアを考えている。EV、自動運転によって、家だけでなくさまざまな既存の機能やサービスが移動サービスと組み合わさる可能性が広がる。「家モビ」はこのことを示してくれた。
Hondaブースでは、訪れた子供たちに「家モビ」のペーパークラフトをプレゼントした。「可愛い、と喜んでくださるお子さんもいて、すごく嬉しい」と石川氏は笑う。クルマの可能性を知った子供たちはいずれ大人になり、ユーザーとして、あるいは開発者として、さらに新しいクルマのコンセプトの実現を牽引していくことだろう。