今月の表紙 今月の表紙富士通研究所

●文:渡辺 元・本誌編集長
●写真:川津貴信

 

医師が作る正解データを
ニューラルネットワークが作成

 富士通研究所はA I技術の一つであるディープラーニングによる画像からの物体検出を、少ない正解データの学習でも可能にする技術を開発した。この技術を使って医療画像の腎生検画像から糸球体の組織を検出するという物体検出の実験で、従来のディープラーニングによる方式の2倍以上の高精度を実現した。

 従来のディープラーニングでは、数万枚規模の正解データ付き画像で学習する必要があった。物体検出の学習に使う正解データは、画像に写っている物体の種類、位置の情報だ。しかし腎生検画像に写った糸球体は他の血管などと混同しやすいし、病気の糸球体は健常なものとは形状が異なる場合があるため、素人には糸球体だと見分けるのは難しい(図1)。たくさんのインターネットユーザーが参加したクラウドソーシングによって正解データを大量に集める手法もあるが、医療画像では専門知識を持つ医師でなければ正解データを作成できないため、大量の正解データを揃えるのは困難だった。

 今回開発された技術は、医師などの専門家が作成した少ない正解データ付き画像があれば、高精度な物体検出が可能な学習ができるのが特徴だ。仕組みは次のようになっている。まず少数の正解データ付き画像で学習した物体検出用ニューラルネットワークで、正解データが付いていない画像から目的の物体の位置情報を推定する。次にそこから復元用ニューラルネットワークで元画像を復元する。つまりニューラルネットワークに元画像を“想像”させる。次に元画像と復元画像を比較して、検出した物体の推定位置が正しいか検証する。推定位置が正しければ、元画像と復元画像は近いものになる。そしてこのような位置推定と復元を繰り返して、推定の間違いを修正する方向に再学習し、正確な正解データを増やしていく(図2)。人間の専門家が行うより手間をかけずに低コストでニューラルネットワークが正解データを大量に作成して、高精度の物体検出が可能になる。

従来の2倍以上の精度を実現
工場やインフラ点検にも期待

 このように少数の正解データ付き画像と、大量の正解データのない画像を使ってディープラーニングを行う「半教師あり学習」は従来からあったが、従来の方法は大量の正解データのない画像から正解データ付き画像を作っても、不正確な正解データがたくさん作成されてしまう。不正確な正解データが学習に加わるため、物体検出の精度がますます劣化してしまうのが課題だった。「ディープラーニングが使われているタスクの中で、画像に写っているのは車か猫か犬かといったことを推定する物体分類は『半教師あり学習』が比較的容易です。しかし画像のどこに、何が、いくつ写っているかを推定する物体検出は、複雑で高度な答えを要求されるため、『半教師あり学習』は困難でした」(株式会社富士通研究所 人工知能研究所 発見数理技術プロジェクト・河東孝氏)。今回開発された技術はニューラルネットワークが作成した不正確な正解データを再学習によって正確な正解データに修正することで、この課題を解決した。
 富士通研究所はこの技術の研究開発を京都大学大学院医学研究科と共同で行っている。正解データ付き画像50枚と正解データのない画像450枚の腎生検画像から「半教師あり学習」で糸球体を検出する実験を行ったところ、正解データ付き画像50枚のみを使用した「教師あり学習」の2倍以上の精度を確認した。AIによる腎臓病の診断支援に活用できる可能性が高い。富士通研究所では、さらに精度を上げることを目指して研究開発に取り組んでいる。「AIによる物体検出のコンペティションなどにも挑戦できる高精度を目指していきたいと思っています」(株式会社富士通研究所 人工知能研究所 機械学習技術プロジェクト・安富優氏)。
 今回の技術が貢献できるのは医療分野だけではない。正解データ付き画像を大量に用意するのが難しい専門分野での画像からの物体検出に広く応用できる。具体的には製造ラインの異物検出、インフラの異常箇所の検出などに活用できると期待されている。さらに「医療など専門知識を必要とする分野以外でも、この技術を利用すればクラウドソーシングで集める正解データの必要数を減らせるため、データ収集コスト
を削減できます」(株式会社富士通研究所 人工知能研究所機械学習技術プロジェクト・上村健人氏)。
 富士通はAI技術のAPI提供サービスを支える技術として、2018年度中の導入を目指している。「今回我々が開発した技術は、人間が作成した正解データを大量に用意しなくても高精度な物体検出を実現できます。これによってさまざまな領域へのディープラーニングの適用を加速できると考えています」(株式会社富士通研究所 人工知能研究所 発見数理技術プロジェクト 主管研究員・稲越宏弥氏)。

月刊ニューメディア アイコン

図1