<覆面座談会>
放送事業のハード・ソフト分離を謳う
IT規制調査会「宮内レポート」の背景にあるもの

2002年4月号掲載(※記事の抜粋。全文は本誌をお読み下さい
 IT戦略本部・IT関連規制改革専門調査会が昨年12月に出した「IT分野の規制改革の方向性」と題する報告書(「宮内レポート」)は、放送業界に激震を与えた。「ITを日本経済再生の牽引車とするため??以下の規制改革を大至急実施すべき」で始まり、"抜本的転換"として「事業の水平分離(アンバンドル)とレイヤー内での競争を促進すべき」と謳っているからだ。もう一度言う、「抜本的転換」を目指したものだった。ところが、1月末のIT戦略本部の会議後に「現在の放送は該当せず」との会見があり、この騒動は一段落したかに見える。この間、何があったのか。本誌編集長と、業界通の2人(匿名)に参加いただき座談の形で追ってみた。


総務対経産省の覇権争い!?
ハード・ソフト分離反対論の根拠

編集長●この間の動きで目立ったのは氏家齋一郎・民放連会長の対応だった。12月20日には「民放連・氏家会長コメント」を出し、年が明けた1月の18日には民放連として反対意見をIT戦略本部長の小泉総理に送っている。それだけではなく、新聞協会も1月30日に「メディア開発委員会」名で反対の意見書を出した。
A●この早さには驚いた、本当に。1月31日に開かれたIT戦略本部第9回会議のあと、宮内義彦座長(総合規制改革会議議長、オリックス(株)会長兼グループCEO)が記者会見で「現行の放送事業は対象外」と、釈明したほどだったからね。
B●聞くところによると、官邸筋も驚いたというほどだったそうだ。元読売新聞経済部長の辣腕ぶりが大いに発揮された。新聞協会も反対を表明したからね。
A●そりゃ、日本の放送は新聞の資本が骨格だからさ。
編集長●改めて日本のマスコミの健在? ぶりを示したという、皮肉な結果になったわけだ。「氏家恐るべし」という声も聞こえてきたそうだとか。
A●民放連の会長改選期を迎えるが、日枝フジテレビ会長が推薦を辞退したというから、無投票で4期目になるはず。天下は続くね。

自由市場論で果たして強くなるか
地上デジタルにむけて設備共有化の声も

編集長●では、宮内レポートの内容分析からいきましょう。氏家意見書にあるように、「放送事業の水平分離、ハード・ソフトの分離」が、やはりねらいですか。
B●私は十分に、その意図を持っていたと思う。宮内レポートには「デジタル化、IP化で通信と放送の融合は必然の方向」と述べており、規制の方向性として「デジタル技術、IP化を前提とした横割りの競争促進体系へ」と、抜本的な改革を謳っているから。
A●だから、総務省の放送担当はつぶしに走りまわったとか。
編集長●宮内レポートは、公正取引委員会や産業構造審議会・新成長政策部会の議論とオーバーラップするところが多い。かつての郵政対通産、現在の総務省と経済産業省の覇権争いという見方もチラチラ出ているが。
A●そう単純に図式化しないほうがいい。総務省関係者から、こんな意見を聞いた。官僚というのは自分の仕事がなくならないように、最後は動く。かつて電電公社の民営化問題でも当初は反対していたが、「これで20年以上の仕事がある」と気づいたときから推進論に変わった。今回もつぶしにまわっているようだが、「今後20年分の仕事」とわかったらどうなるか。それが官僚の心理、論理だと話してくれた。
B●このままでは郵政不要論が再燃するからね。
編集長●複数の関係者を取材した限り、誰も現行の放送事業は対象ではないと力説していた。その考えは、ある意味で民放連の反対意見と共通だった。つまり、「ラジオは3/4世紀、テレビで半世紀という長きにわたって国民から信頼されてきた存在だ。情報の信用度で、NHKや民放は高位にランクされている。そうした放送文化というか、生活の慣習となっている放送事業の仕組みを一朝一夕に変更するものではない」と異口同音に語っていた。
A●じゃー、何を水平分離するというのだ? わからんなー。
編集長●その疑問は後ほど語るとして、ハード・ソフト分離、水平分離に対する放送界の主張を整理してもらえますか。
B●その論点は、公共性。地震など大災害のとき、ハード・ソフト一体経営だからスポンサーがなくとも必要に応じて臨機応変に放送してきた。これが「公共性」という大事な使命だと。分離された場合、配信事業者が何らかの理由で妨げる可能性がある。放送事業で大事なものがこの「編成権」であり、ハードとソフトが分離されると、この編成権が他社によって崩されるというものだ。

官邸筋も驚いた
反対の大合唱のスゴさ

編集長●現在の放送事業には手をつけずということで収まりつつあるが、この点から宮内レポートをもう少し分析してみよう。
A●宮内レポートの基本姿勢は、ブロードバンドの時代になり、成長が期待されるコンテンツビジネスの環境条件をみると日本は課題が山積する。自由なコンテンツ制作、流通市場をどう生み出すか。そのために規制の枠組みを変え、新規参入を促し、公正な競争で市場を活性化させる。これで日本経済の再生の牽引役になるというのが、宮内レポートのシナリオだろう。
B●この論に、私はいくつかの疑問がある。自由市場、競争原理というが、本当にハッピーなビジネスにつながるのか。そのシンボルだった米国の航空業界は、無理な競争で淘汰が終わるとひどい状況に陥ってしまった。また、ブロードバンドの時代だと言うが、ADSLが伸びたとか、FTTHが近づいたとか、技術インフラの展望ばかりで、社会構造として本当にそうなるかどうかはまだまだわからんぞ、ということだ。
編集長●その一方、アナログ放送事業が非常に効率のよいメディア到達力を示し、ビジネスモデルとしても非常に成功してきた。だが、次代に対して歯切れが悪い??。
B●稀少な資源とされた電波を免許制で独占して使うことができ、その恩恵があることは確か。しかも電波利用料が安いこともあって、どうしても護送船団に見られる。確かに、指摘が当たっていることも多い。地方局の経営者なんか「メディア経営者としての理想」を持っている人は少ないからね。免許の電波にキー局の番組を流して、キー局から電波料をもらうという「おいしい構造」で、経営がなくても成り立ってきたという事実がある。
編集長●なかなかきびしい指摘だね。
B●地上デジタル移行期を迎えて、さらに深刻。あと何年で定年だ、その後は??なんて考えを持つ経営者はまだまだ多いと聞く。
A●そうすると水平分離したほうがいいんじゃない。ビシバシ刺激を与える意味で。
B●すぐそうなるから困る。この問題は制裁を与えることではなく、これまで放送が確立してきた信用力を活かして、日本のコンテンツ産業をどう発展させていくかだ。だから、無能な経営者の問題とごっちゃにしてはいけない。
編集長●ハード・ソフト分離論ではないが、地方局ではデジタル放送への設備投資が経営を圧迫するから、設備の共同運用という案も出てきた。こうした経営負担の軽減化をねらいにしたハード分離案は多く出てくるし、マスコミの集中排除原則の緩和と併せて議論されるはずだ。

「IPv6」の国家推進は疑問
セキュリティは高いのか

編集長●デジタル化が進む中で、放送でも通信的なサービスが出てきているし、通信でも放送と同じようにリアルタイムにコンテンツ配信するサービスも登場している。将来に向けてどう位置付けていくかに対する一つの回答が、宮内レポートである。
A●制度や規制を考えるとき、こうした新領域の萌芽をどう読むかだ。例えば、BSデジタル放送で双方向CMが始まった。「これが欲しい」という個人情報が局に届き、広告主のサーバーなどへ送られる。その際、個人情報の管理責任と、放送局や広告代理店、広告主のそれぞれの責任分界をどう考えるか。またCSデジタル放送では、蓄積型データ放送が予定されているが、どう視聴者に受け入れられるか。何が問題になるか。まだまだ見えないところが多い。
B●そこを性急に分離だ、アンバンドルだと、超現実的な議論をいきなりぶつけるから反発ばかりで、議論すべき論点が一緒に葬り去られてしまう危険性がある。
編集長●この議論に、IPv6が絡むからややこしい。
A●IPv6も技術論や産業論ではなく、アメリカに追いつけというナショナリズムを背負わされた動きが見える。宮内調査会には、推進論者の村井純・慶大教授と、産業界の旗振り役の出井伸之・ソニー会長がいるからね。
B●ところで、この技術はそんなにすごいの。
A●推進論の人はそう言うが、現在普及しているIPv4でも問題はないという意見も多い。一つ言えることは、こうした技術開発や応用については、国家予算を何十億も注ぎ込むプロジェクトとして進めるものか。民間レベルがやるべきことだろう。日本的といえば、まさにそうだ。官・民を垂直分離せよ。
編集長●宮内レポートには、ブロードバンド時代のネットワークはIPv6になると図示されている。
A●ネット家電時代になるとアドレスが足りなくなると言われ、その点で心配ないのがIPv6であり、セキュリティも高いということで、当時の森総理が施政方針でぶちあげたが、その継承だろう。
B●家電までネットワークされて便利だというが、果たして必要なのか。どんなサービスになるか、ビジネス提案もなく、これではあまりにもノー天気ではないか。例えば、IPv6オンリーの巨大ネットワークになれば、世界のネット犯罪者たちがねらうことが十分に予想できる。ケータイで爆発した迷惑メールでさえ、うまく防げないんだから、家電製品が対象になると、いつどこで何から火を吹くか予想がまったくつかない。セキュリティの専門家は侵入できないネットワークはないと断言している。いくらIPv6の安全性が強調されても、大いに疑問だ。世界中のハッカーからおもちゃにされるのがオチだろう。
編集長●それはあるとも言えないし、ないとも言えない。非常に重要な問題ではあるが、誰も「責任をもって安全だ」と言い切れないことも忘れてはいけない

IP統一体制はいいのか
「帯域免許」方針はどうする

編集長●時間も残り少なくなりました。さて、今後のネットワーク技術は、IPに統合されるべきだと、宮内レポートにはあります。放送もIP化されるのでしょうか。
A●IP論者は、実にきれいに整理して議論する。IP化すれば、ブロードバンド回線でも、放送電波でも自由に載せられる、便利ではないか。IP化すると、コンテンツ配信のルートや場所を選ばないというわけだ。しかし、これは技術だけの論ではないか。
B●IP統合の考えは魅力あるものだが、技術云々ではなく、放送局が持つコンテンツをブロードバンド回線で新規事業とすることができる。また、放送波を他の事業者が簡単に利用できるというスムースさも確保できるからだ。
A●そんな一元化されたネットワークは脆弱すぎないか。いろんなネットワークが併存することは、一見効率が悪そうであっても、そのほうが社会の包容力とか、幾重もの安全性が確保できると考えたい。
B●そこは大いに議論すべきでしょう。
A●私は宮内レポートの中で、「帯域免許」という項目が非常に先進的だと読んでいた。これは放送局にとって、電波帯域の使用目的が限定されないので、今後の新規事業へ接近しやすい。まさに新しいコンテンツ産業創造のカギだと見ていたが、これが流れてしまわないことを願うばかりだ。
編集長●そう考えると、IP一元化のほうが相応しい?
A●こんな例え話をしてくれた方がいた。放送電波は、ダイヤがしっかり組まれた列車の仕組みで、IPはいろんなタイプの車が自由に行き来する道路の仕組みだといい、ゴールデンタイムになって一斉にアクセスがあると、IPでは滞留してラッシュ状態に陥る。でも、ダイヤでコントロールされる列車は一挙に多くの客を運べるので、渋滞もなく効率的だ。この特徴の違いをきちんと認識しないと、放送局や、その放送ビジネスも、インターネットという底なしの泥沼に埋没することになってしまう。この危険性のほうが問題。
B●放送局がネットワークを使用して取り組む新規事業と、放送の本業とを分けて議論すべきではないか。新規事業については、放送法の枠組みから離れ、自由に事業コンソーシアムを組んだり、サービスを開発したりというように、もっと広がりを持ったコンテンツの新産業を育む観点で規制のあり方を考えるべきだろう。一方、放送の本業では「帯域免許制」を大胆に導入しながら、新たな政策の必要性を吟味すべしということかな。


(※記事の抜粋。全文は本誌をお読み下さい


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