放送のバリアフリーを目指してデジタル化で進化する、NHKの「人にやさしい放送」

2002年12月号掲載(※記事の抜粋。全文は本誌をお読み下さい
 ハンディキャップを持つ人やお年寄りも、そうでない人も、誰もが利用でき、誰でもが楽しめる放送を目指して、NHKの放送技術研究所(技研)や局内各部署で、バリアフリーを推進するさまざまな技術の研究・開発が進められている。編成局統括担当部長・茂手木秀樹氏と、技研ヒューマンサイエンス部長・河合直樹氏に、NHKの取り組みとその進捗状況を尋ねた。放送のバリアフリー化はすでに、ごく身近なところにある。デジタルテレビをお持ちなら、今日から「字幕」が見られるのだから。
(構成:三宅有美、写真:森山活)


増えている字幕放送番組

 新聞のテレビ番組欄で、「S」が付くのはステレオ放送、「二」が付くのが二カ国語放送。「字」が付くものも増えている。耳の不自由な方などに向けた、字幕放送の番組だ。
 NHKでは、1985年から、字幕放送に着手。「2006年度には、7時から24時までの、総合テレビの生放送を除くすべての番組に字幕を付ける」(茂手木氏)を目標に、NHKでは番組の字幕化を推進し、すでに、「総合テレビでは、生放送以外の番組では73.4%(平成13年度実績)が字幕放送されています」(茂手木氏)。
 生放送でも、2000年の3月末から『ニュース7』で、さらに2001年からは『ニュース9』で字幕放送が行われている。
 これは、(1)音声認識システムによる音声の自動字幕化、(2)スピードワープロによる高速字幕入力、(3)原稿の事前入力の3つの方法によって行われている。
 音声認識システムは、長い間、技研で研究され「4〜5年前から現場で実際に使用するため、プロジェクトで開発してきた」(河合氏)。
 静かなスタジオの中ではっきりと発音するアナウンサーの言葉なら、ほぼ間違いなく認識し、自動的に文字に変換できるようになった。だが、中継現場など雑音環境下の記者やリポーターの言葉は音声認識率が十分ではないため、スピードワープロによる文字の入力を行っている。さらにニュース番組では、正確さが要求されるため、文字の誤りを見つけ、それを修正してから放送している。
 「音声認識システムの研究は、現在も続行中です。解説者や対談などアナウンサー以外の言葉も完全に認識できるまで、あと数年が必要でしょう」(河合氏)。
 この音声認識システムを利用した生番組の字幕放送は、2001年末の『紅白歌合戦』や2002年の冬季五輪の一部の競技、ワールドカップサッカーでは5試合、思い出のメロディー、大相撲秋場所では6日間の中継でも行われた。
 この場合、実況アナウンサーと解説者などの語りを字幕キャスターが要約し、言い直す方法で音声を字幕化し、担当者が誤変換をチェックして放送する方式がとられた(これをリスピーク方式という)。聴覚障害者からは、「映像だけではわからなかったことを初めて知ることができて、興味がわいた」などと、好評を得られたという。

「ゆっくり聞ける」ラジオも登場

 アナウンサーの話す速度は、1960年代には1分間に約300文字。それが現在では、約400文字になった。お年寄りなどから、「もう少し、ゆっくりしゃべってくれないと、わかりにくい」という声がある。
 テープレコーダーで再生スピードを遅くすると、声が低く、こもったようになり、かえって聞きにくいこともある。 技研が開発した「話速変換器」は、話し手の声質や高さを変えずにゆっくり聞くことができるのが特徴だ。もちろん、音声はテレビの映像にほとんど遅れることがない。
 「人の話を聞く場合、その話し始めが聞き取れると、後がわかりやすいものです。また、人は重要な言葉を伝えようとするとき、音量が上がり、声も高くなります」(河合氏)という音声の特性を利用し、話し始めの部分や、話の内容として重要と思われる部分のスピードを遅くしている。
 一般視聴者に向けた商品化も考えられている。ラジオ番組はもちろん、テレビ番組もゆっくり聞ける「話速変換機能付きラジオ」が売り出される日も、そう遠くないようだ。
 「目の不自由な方のための情報端末」では、 文字を合成音声で読み上げたり、点字、6指点字で文字の情報を伝えることができる。6指点字とは、「1本の指で読みとっていた点字の6点を6本の指に振り分けたことによって、点字に慣れていない方にもわかりやすくなっています」(河合氏)。
 また、データ放送のメニュー画面などを凹凸で表示し、図形やグラフなどが認識できる触覚ディスプレイも開発している。
 一方で、「人にやさしいリモコン」の研究
も行ってきた。押ボタン型、タッチパネル型など、「高齢者の方にお試しいただいたところ、手元を見ずに操作できるトラックボール型のリモコンが好評だった」(河合氏)。
 ぬいぐるみと話をしながら操作できる、音声対話型リモコンの試作機「タマちゃん」(アザラシ君ではなく、NHKのロゴのタマゴから命名)も開発中である。

一人ひとりの「人」に
やさしい放送を

 放送のバリアフリーは、「人にやさしい放送」といわれるが、その「人」はそれぞれだ。在日外国人には、言葉のバリアフリー化が待ち望まれている。
 「翻訳用例提示システム」は、過去に放送された日本語と外国語の翻訳原稿をデータとして蓄積し、翻訳者に提供するシステム。翻訳者の要求に応えて、特有の表現の仕方や固有名詞や要人の肩書、専門用語などの訳し方を提供する。
 外国向けの国際放送では、「日英翻訳用例提示システムがすでに実用化され、国際放送局で利用されている。今後、20カ国の言語にも対応できるように進めています」(河合氏)。このような技術を基に、まずは気象・災害情報を英語で提供し、将来はニュースなどを正確に翻訳するための研究・開発が進められている。
 また、一言で「目が不自由」「耳が不自由」「体が不自由」といっても、その程度や、先天的なものか後天的なものかなどによってバリアフリーのニーズが違う。
 字幕についても、「内容をわかりやすく要約したものがほしい」という声も、「要約せずに音声をすべて字幕にしてほしい」という声もあるのだ。
 そうした要請に応えるべく、「(社)全日本難聴者・中途失聴者団体連合会や(財)全日本ろうあ連盟などにご協力願って、番組や技術に対する評価・アドバイスなどをいただきながら」(茂手木氏)、NHKの放送バリアフリー化が進められている。

デジタル化がもたらす
バリアフリー

 テレビやラジオに「もっと楽しく、わかりやすく」を望む層は、幅広い。「近ごろ小さな文字が見えづらくなった」「効果音が大きくて、話し声が聞きづらい」「若手俳優の顔と名前が一致しない」などと感じるおじさん、おばさんも多いだろう。待たれるのは、いわば放送の「ユニバーサルデザイン化」。
 それを実現させるのが、デジタル放送だ。例えば「字幕放送」は、これまで、文字放送のアダプターか、文字放送受信機能内蔵テレビが必要だった。しかし、デジタル放送受信機なら、この字幕を出すことができる。「このことを皆さんに知っていただきたい」と、両氏。
 「目の不自由な方などに向けた解説放送も、連続テレビ小説や大河ドラマ、教育番組などを中心に、地上・衛星放送あわせて、現在24番組で実施しています。アナログ放送では、音声多重放送の1チャンネルを解説に利用するためにモノラルになりますが、デジタル放送ではステレオ放送でお楽しみいただけます」(茂手木氏)。
 「地上デジタル放送では、番組画面を少しだけ縮小して、字幕放送と番組上の字幕が重ならないような工夫もできます」(河合氏)。
 地上放送のデジタル化を控えて、「公共放送としての使命として、放送のバリアフリー化を進めていくとともに、放送という公共的な使命を持つ民放とも連携をとりながら」(茂手木氏)、 すべての人にやさしい、 放送の「ユニバーサルデザイン化」が実現されていく。


(※記事の抜粋。全文は本誌をお読み下さい




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