<日米韓ブロードバンド国家戦略の最新事情(第1回)>
米国
トウジン・ディンゲル法案をめぐって


国際大学グローバル・コミュニケーション・センター教授

現状−−
DSLに熱心でない?

 米国では、地下の光ケーブルの建設に1990年代に900億ドルもの巨費が投入されたにもかかわらず、現在わずか3%しか利用されていない。アクセスのファースト・マイルを供給するはずだった新規参入者は、巨額の費用と技術的困難さのためにほとんどが倒産してしまい、相変わらずRBOC's(注1)が市内電話線の96%を握り、地域のファースト・マイルをほとんど独占している状態。おまけに彼らはDSLにあまり熱心でないように見える。
 主要国のブロードバンド普及率を見ると、2001年末において韓国40.00%、カナダ16.24%、米国9.52%、ドイツ3.94%、日本3.36%という状況(注2)で、米国はすでに他国に後れを取っている。米国のブロードバンドの実態は、約68%はCATV会社(そのうちの幾つかはAT&Tが買収した)が提供するケーブル・モデムによるもので、わずかに約28%(全体の2.7%)が地域電話会社の提供するDSLサービスによるものである。

96年通信法−−
RBOC's独占強化策に陥る

 1996年の新通信法(以下、96年通信法)の考え方は、RBOC'sに長距離市場への進出を許すのと引き換えに市内ネットワークを開放させることで、地域通信市場に競争を導入しようとするものであった。だが、クリントン政権下のFCCはそれに失敗したばかりでなく、結果的にではあるがRBOC'sの独占をより強化させてしまった。RBOC'sは「敵に塩を送るような開放」には消極的で、開放の見返りのはずであった長距離進出も放棄に等しい状態だったのである。
 RBOC'sは全国のほとんどの地域で、ネットワークの“ファースト・マイル”を事実上独占に近い状態におき、その結果、新規参入を妨害したり独占的レント(注3)を保持したりしてきた。地域電話会社は、DSLのための新規投資を行っても、再販義務とアンバンドル義務があるために、結局自らの地域における競争相手に力をつけてやるだけになるという理由で、極めて消極的であったのである。

トウジン・ディンゲル法案−−
下院は通過したが……

 そのような状況を打破せんとする「トウジン・ディンゲル(Tauzin-Dingell)法案」−−HR1542“Internet Freedom and Broadband Deployment Act of 1999”が3年近い大議論を経て、2002年2月27日、ついに米国下院を通過した。ただし、上院で可決するかどうかは全く予断を許さない−−というか、むしろ悲観的な見通しが強い(注4)。この法案は1999年7月にルイジアナ州選出共和党下院議員Billy Tauzinとミシガン州選出民主党下院議員John Dingelが共同して提案したものである。
 法案は、現在のCATV会社が提供するケーブルによるアクセスは自由なのに、電話会社が提供するADSLによるアクセスには厳重な規制(再販義務とアンバンドル)がかけられている状況を批判している。
 同法案は96年通信法を以下のように改正して、ILEC's(注5)に、長距離のデータサービス事業を開始することを認めようとするものである。まず前提として、高速データサービスやインターネット・アクセスサービスに関する限り、規制権限をFCCおよび州政府から取り上げてしまう。
 その上で96年通信法のSection 271を修正して、これまでRBOC'sがFCCの事前承認なしにはinter LATA(注6)通信事業を行うことを禁止していたのを、高速データサービスおよびインターネット・アクセス・サービスについては適用を除外する。 
 次にSection 251を修正して、これまでILEC'sに義務付けていた再販とアンバンドルの義務を、高速データサービスについては適用しないこととする。
 さらにILEC'sに、次のことを義務付ける。すなわち、ISPがインターネット・サービスを行うのに必要な、設備のコロケーション(注7)や施設の確保ができるようにすること、さらにインターネット・ユーザが高速データサービスで相互接続するいかなるISPにもアクセスできるようにすることである。

歓迎論
 この法案によって96年通信法による桎梏が取り除かれれば、RBOC'sは安心してDSLへの新規投資をし、拡販を行うから、その結果ブロードバンドの利用が促進されるだろうというものである。
 事実、RBOC'sのBellSouthとVerizonは歓迎の声明を発表し、本政策により5億ドルもの経済効果と120万人もの雇用を創出することが示されるだろうとの予測を発表している。さらにBellSouthは、「同法案が成立すれば、当社顧客の70%が利用可能な高速データネットワークを拡大できる」とコメントした。

反対論
 せっかく下院を通過した法案だが、上院の環境は厳しい。新たに上院の商業委員長になった民主党のErnest F. Hollings上院議員と、共和党のJohn McCain上院議員は反対の急先鋒である。
 反対論者は、この法案は96年通信法における中核的な消費者保護措置であった「ベル系電話会社への長距離データ市場参入許可の前提として、市内電話市場の競争者への開放を要求している措置」を抹殺してしまうものだという。RBOC'sは、新しく獲得する自由を新規参入の競争事業者を粉砕するのに使うだけだろうから、究極的にはRBOC'sに米国のテレコムと技術インフラの支配を許すことになり、RBOC'sの独占はますます強化されるので消費者の利益にならないという。

FCC
 FCCのマイケル・パウエル委員長は、トウジン・ディンゲル法案が高速データ通信についての規制権限をFCCから取り上げてしまう内容になっているのに対抗する意味もあるのかもしれないが(本人は否定)、いち早く、「電話線で提供するブロードバンド・インターネット・アクセスは“情報サービス”とみなして、規則の対象外とするNPRM(Notice of Proposed Rule-Making)を近く提出する」ことを決定した。

米国の通信政策−−
利益追求の企業論理との矛盾

 これまでの米国の通信政策は、消費者の利益を保護するために競争を導入し、促進するという高い理想を掲げてきているが、それを実現する具体的な政策の段階では、収益を追求する企業の行動原理に合致しない部分が多かった。禁止はできても、政策目的の方角に誘導することはできなかったものである。それが、ブロードバンド普及の立ち遅れにみられるような結果をもたらしていると思われる。
 21世紀においては、ブロードバンド・ネットワーク・インフラストラクチャーは、そのアクセス・ライン部分も含めて道路や橋に等しい公共財化するのは目に見えている。したがって、規制強化や自由化などで民間企業の自主的行動を誘導する方策に重点をおいた政策にいつまでもこだわっていると、米国はカナダやスウェーデンにすでに付けられてしまっている距離を、いつまでたっても縮めることができないだろう。
 採算が取れる領域は民間に任せるとしても、全体としては国家や地方公共団体が道路や橋を造るように、100Mbpsレベルの本格的ブロードバンドの建設に乗り出さなければならない時期が早晩到来する。その意味では、電話線を活用したいわば“ミドル”バンドを推進しようというにすぎない本法案の帰結が、どちらに転んでも大きな変化をもたらすことにはならないのではないか。


(注1)RBOC's:Regional Bell Operating Companies。1984年にAT&Tより分離した時には7社あったが、現在では米Qwest、BellSouth、SBC CommunicationsおよびVerizonの4社になってしまった。
(注2)eMarketer調べによる。
 http://www.technet.org/news/newsreleases/2002-01-15.63.phtml参照
(注3)レント:Rent 一般的には、経済活動に資源を引き寄せるために必要とされる最低収益を超えた部分をレントと称する(『組織の経済学』ポール・ミルグロム/ジョン・ロバーツ)。本来の意味は地代。地代が高くても供給は増大しないし、逆に低くても土地が減ることはないので、価格による需給の自動調整は行われないという、非弾力性があることから、転じて経済学においては完全市場が成立しないことから発生する超過利潤部分を総じてレントと称するようになった。完全市場が成立しない理由により分類して、それが独占による場合には独占レント(Monopoly Rents)、信用、ブランド力、名声等による場合は名声レント(Reputation Rents)と称する。経済主体には、このようなレントを発生させて維持しようとする動機が常に働きがちであるが、これをレント・シーキングと称する(『ミクロ経済学』ジョセフ・E・スティグリッツ)。
(注4)米国における法律成立の過程は日本と大幅に異なる。法案提出の権限を持っているのは上下両院の議員のみ(日本は内閣も)。一方の院で法案が提出されると、議長は一つまたは複数の委員会に検討を付託する。委員会は公聴会を開くなどして審議を行い、採択、否決、或いは修正を行う。次に当該院の本会議で表決を行う。一院で可決された法案は他方の院に送付される。ただし、他方の院は法案の送付を受けても必ずしも審議する義務は無いので、会期切れで廃案となる法律が多い。他方の院で審議しても回付法案通りに可決されなかった場合には両院協議会(Conference Committee)で審議するが、審議内容は両院間で意見が対立している点に限定され、新しい規定を付加することはできない。両院協議会においては、上下院の代表委員それぞれの過半数が修正案に賛成して初めて合意が成立する。合意が成立した法案は、上下院の議長が署名して大統領に送付され、大統領が署名して法律として成立する。日本は衆議院優位。
(注5)ILEC's:「アイレックス」と読む。Incumbent Local Exchange Carriersのことで、RBOC'sや、その他の独立系の古くから事業を行っている地域電話会社。
(注6)LATA:Local Access and Transport Area。米国の地域電話会社と長距離電話会社との営業区分の境界線のこと。地域電話会社はLATA内の通信のみ、長距離通信会社はLATA間の通信のみを扱う。1984年に全米に163のLATAが定められた。現在では、地域電話会社は複数のLATAをまたがる営業地域を持っているが、LATA間通信の部分は長距離通信会社に委託しなければならない。
(注7)コロケーション:Colocation。Housing ともいう。通信事業者がその局内に、ISP等の他の通信事業者が設置する通信機器への接続サービスを提供したり、ISPがその施設内にユーザーの機器を置いて管理業務を提供したりすることをいう。






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