<日米韓ブロードバンド国家戦略の最新事情(第2回)>
韓国
大成功した大胆なIT政策の転換

国際大学グローバル・コミュニケーション・センター教授


ダントツの1位−−
米国もうらやむブロードバンド大国

 今や韓国は、押しも押されもせぬ世界一のブロードバンド大国である。それも徐々にこうなったのではなく、過去数年の間に急速に伸びてきたものである。特に、1998年から2001年末までの3年間にインターネット利用者が急増し、その勢いは2002年に至っても衰えをみせない。1998年末にたったの約310万人(注1)であったのが、2001年末にはなんと2,438万人となったのだから、3年間で実に8倍近い伸びを示したことになる。
 このレベルは米国に次いで世界2位(注2)である。幼児も老人も入れた総人口は約4,700万人なので半分を超えてしまったわけである。一人で複数加入をしている重複の可能性を差し引いても、なお驚異的である。そのような環境の中でインターネットのブロードバンド接続が躍進して、約800万件の実績を達成したのである。これは米国を抜いてダントツの1位(注3)である。

現状−−
2001年末の数値を見ると

 梁承澤・韓国情報通信部長官は、2002年3月13日、金大中大統領に対して、過去4年間の情報通信政策を振り返り、2002年度の情報通信政策の方向性や重点推進課題などを示した業務報告書『グローバルリーダー、e-Korea建設(注4)』を提出した。
 主要な数値データを抜粋すると次の通りである。(数字はいずれも2001年末時点)
*総人口の51.5%に達する2,438万名がインターネットを利用。
*総世帯の55.2%に該当する794万世帯が超高速インターネットに加入。
*全ての初・中・高等学校(1万400校)に無料でインターネット・サービスを提供。
*主婦や障害者等816万名に対する情報化教育を実施し、国民が最も熟練してインターネットを活用する国という国際評価を受けた。
*情報通信産業の対GNP比が、1997年の8.6%から2001年12.7%に増加し、国民経済の核心成長エンジンとして浮上した。
*移動電話加入者数が約3,000万名(うち世界最初の3G利用者が624万名)。

ブロードバンドの内訳−−
794万世帯の利用メディア

 2001年末時点において794万世帯が超高速インターネットに接続されているが、そのメディア別の内訳(注5)は次の通りである。
 (表は省略)
 メディア別内訳を見ると、ADSLが断然多くて半分以上を占めている。韓国も米国と同様に、当初はケーブルモデムによるCATVインターネットの普及が先行したのだが、韓国通信がISDNに見切りをつけて積極的にADSL推進にまわってから急伸し、2000年2月には加入者ベースでADSLがケーブルモデムを逆転して首位に立った。
 ADSLが伸びた大きな要因は、価格競争による低廉化であろう。1999年当時は、月額5万ウォン(約5,000円)が主流であったが、現在ではサービスのスピードや契約期間により違いはあるが、約3万ウォン(約3,000円(注7))になったという。

電気通信事業者の現状−−
上位3社で9割以上を占める

 通信事業者別の内訳を見ると、首位の韓国通信(Korea Telecom)、第2位のハナロ通信、および第3位のThrunetの上位3社で全体の91.9%を占めている。
 韓国通信は半官半民のトップ通信企業で、日本のNTTに相当するインカンベント事業者(注8)である。約6万キロの光ファイバー網を全国に敷設し、「Megapass」ブランドでADSL、Home PNA、離島向け衛星通信、WLLなどの幅広い通信サービスを提供している。1993年から日本のNTTと同様にISDNを推進していたのであるが、1999年にはADSLサービスに転換して、現在ではADSLにおいて圧倒的な強みを発揮している。2001年11月にはGigabitイーサネットサービス「Ntopia」を開始して、最大45Mbpsのアクセス回線をラインアップに加えた。
 ハナロ通信は、大手財閥LGのグループに属する1997年に設立された新興の市内通信事業者。市内回線のシェアはわずかに3%に過ぎないが、大都市の集合住宅を中心に事業を展開し、韓国通信に伍して善戦をしている。ハナロ通信の積極果敢な事業展開が、韓国通信に危機感を与えて両者の前向きの競争が展開された。ハナロ通信はADSLとケーブルモデムをほぼ同数供給しており、WLLにおいては絶対数が少ないとはいえほぼ独占に近い状態である。
 Thrunet(以下、スルーネット)はケーブルTV事業者であるので、当然ケーブルモデムにおいては半分近いシェアを誇っている。最近は、ケーブルだけでなく集合住宅向けのADSLサービスを拡充したり、ケーブルとADSLの融合サービスを行おうとしている。同社の「ADSL Neo」は、アパートに引き込んだCATV用の同軸ケーブルに電話線を接続して、ADSLで各世帯をインターネットに接続するサービスである。
 (表は省略)

競争状態の推移−−
2位と3位の合併が模索される

 ここに至るまでの事業者間の競争情況を見てみよう。韓国でブロードバンド・サービス競争が始まったのは、スルーネットがCATVサービスを開始した1999年の8月である。同年末の時点では、CATVがブロードバンド市場の65%を占めていた。次いでハナロ通信がADSL事業を開始した。Dacom(デーコム)もほぼ同時期に参入したが、所詮は敵ではなく、結局1999年末にはハナロ通信がADSL契約数の95%を占め、磐石の基盤を作ったように見えた。
 ところが、前述の通り1999年にISDNからADSLへの転換を果たした韓国通信が2000年後半に入り猛烈な巻き返しを図った。韓国通信はもともと電話回線において圧倒的なシェアを握っていただけに集合住宅向けのサービスを重点的に推進することにより、あっという間に150万のユーザーを獲得してハナロ通信を抜き去ってしまったのである。
 現在、2位と3位のハナロ通信とスルーネットが業務提携を行い、さらには合併するという動きが出ている(注9)。まず両社は共同して、現在ケーブル業界で30%のシェアをもつ韓国電力の子会社Powercommの経営を握ろうとしている。これが実現すると韓国のブロードバンド市場はビッグ2により二分されることになる。今後とも、ビッグ2間の競争は激しくなると考えられる。

急成長の分析−−
主な5つの理由

 韓国がこのような急成長をなぜ遂げることができたのかについては、多くの分析・考察が行われているが、ほぼ次の5つの理由に集約できそうである。
(1)的確な政府の施策
 まず韓国政府の適正かつ強力な推進策をあげなければならないだろう。韓国では大統領の権限が強く、有効な手段を迅速に次から次へと繰り出してきた。
 国家の方針としてIT支援政策や競争促進政策が明確に打ち出されたのは、1995年のKII(Korea Information Infrastructure)構想である。引き続き「超高速情報通信網構築計画」においては、2010年までに全家庭に光ファイバー網を敷設することが決定された。現在のADSLとケーブルモデムによる、いわばミドルバンドから光ファイバーによる真のブロードバンドへの飛躍策である。
 さらに1998年、金大中・大統領は「知識基盤社会の建設」構想のもとに「サイバーコリア21」を推進することを明らかにした。これは光ファイバーに限定せず、ADSL、CATV、無線、衛星などあらゆる手段をもって高速インターネット網を全家庭まで敷設することにより、上述の目標達成を2010年から2005年に前倒ししようというものである。
 1999年12月には、情報通信部を新設して、IT政策を一元的に行えるよう省庁を再編成した。情報通信部はさっそく、2005年までに全世帯の84%に当たる1,350万世帯に平均20Mbpsのブロードバンド・アクセス環境を普及させる計画を立てた。そのために政府として約10兆2,000億ウォンを投資する計画である。民間からの投資が8,000億ウォン見込まれるので、合計で約20兆ウォンの資金が今後3年の間に投入される予定である。
(2)インフラ構築環境
 韓国では国土が平坦であるため、地形的に高速回線網を構築しやすい環境にある。さらに国民の1/4の約1,200万人がソウル近郊に住むという一極集中的人口分布が進み、しかもソウル市内は、ほとんどが大規模集合住宅や共同住宅となっている。そのため光ファイバーを建物の入口まで容易に引き込めるため、通信事業者にとっては投資効率がよい。
 既にソウルのアパートはブロードバンド・インフラが引き込まれているのが普通になっている。価格も激しい競争を反映して低価格となっている。最近では「サイバーマンション」と呼ばれる物件に人気が集まっているという。そこでは、居住者向けの掲示板によるコミュニケーション、キャッシング・サービス、ショッピングといった各種の付加サービスが標準化されて居住者に提供されている。人気の高いサービスには、会社からこのシステムを使ってスーパーに発注しておけば、帰宅時には商品が届いているなどというきめ細かいサービスもある。
(3)PC房(バン)の普及
 PC房とは、高速インターネット回線に接続した何台ものパソコンを配列したいわばインターネット・カフェであるが、数年で急速に増加して現在では2万店以上存在する。IMF(注10)と呼ばれる経済危機の中でリストラにあった退職者たちが多数参入したといわれており、ほとんどは1999年〜2000年の間に開設された。ただし、2001年には増加傾向に多少歯止めがかかった感触である。
 PC房の多くは24時間営業で、常に利用者が絶えない。繁盛している店は月間数百万ウォンという純利益を上げるそうだ。中心的なアプリケーションは、オンライン対戦ゲームなどのインターネットゲームであるから、高速回線でつながっていることが絶対条件なのである。
 料金は1時間あたり1,000ウォン程度と、極めて安価である。その上、店内では飲み物が無料というところが多い。チャットも盛んだが、映像入りチャットが特徴である。また、ポルノがかったチャンネルや、成人向けのインターネット放送や出会い系チャンネルが横行して問題を起こしているという。そのため韓国では、2001年初めからは住民番号による年齢確認が店に義務付けられている。
(4)競合メディアへの強い規制
 競合するメディアに対して強い規制があったことから派生した相対的な優位性がある。韓国では、全国ネットの地上波放送局はわずか4チャンネル(注11)しかなく、放送時間も平日は昼0時から午後4時まで(かつては午前11時から午後5時まで)の時間帯は休止である。そのため、この時間帯にはケーブルテレビやインターネットを利用するしかない。
 そのため韓国ではインターネット放送が盛んで、既に約1,000局もある。ただし、いずれも有料化に苦慮しており、経営的には楽ではない模様だ。アダルト向けコンテンツを扱う局は有料化が進んでいるが、当局の取締りも強化されつつある。
 アダルト向け以外では、見逃したテレビ放送を後で見るなどの補完的な利用方法が多い。このため主要なテレビ放送会社は、インターネット放送をむしろ積極的に活用しており、SBSの場合にはテレビ放映の一時間後から、人気番組、ニュース、スポーツ中継などをインターネットにより有料で提供するサービスを行っている。
 また韓国には、長い間日本の大衆文化(音楽、映画など)や放送等に触れることをすべて禁止してきた歴史がある。さすがに1998年からは、その第一次開放が実施されて書籍、映画、音楽なの解禁が徐々に行われてきたが、テレビゲームは未だに解禁されていない。こうした環境の中でプレイステーション、任天堂、ドリームキャストなどの家庭用ゲーム機がさほど普及しなかったために、韓国の若者にとってはPC房で触れたゲームは実に新鮮で興味深いものに映ったのである。
(5)緩やかな著作権環境
 韓国においては、知的財産権に関する意識がさほど高くない。そのために種々のコンテンツやソフトウェアの違法コピーが大量に出回っており、皮肉なことにこれがブロードバンド利用の追い風となっているという一面がある。2001年4月の韓国統計庁の発表によると、年間ソフトウェア購入費がゼロと答えた所帯がなんと48.1%もあった(注12)とのことである。著作権無法地帯といわれても仕方がない。ブロードバンド化推進にあたって韓国政府が取り組むべき課題分野であろう。
 米国において、ナプスターやグヌーテラ等による音楽ソフト配布に対して次から次へと訴訟が提起されて禁止措置が取られ、そのためにせっかくのブロードバンド需要の芽が摘み取られてしまっている情況と全く対照的である。米国では、現在ブロードバンド普及を阻害している最大の癌は著作権問題である、と嘆いている識者が多い。
 そうはいっても、筆者はブロードバンド普及のためには多少の知的財産権の侵害は目をつぶるべきであるといっているものでもなければ、国民の権利意識を高めて侵害行為をすべてなくせといっているものでもない。ブロードバンド時代にふさわしい新しい知的財産権の考え方が生まれてきても良いのではないかと考えている。

日本は韓国に追い付けるのか
悲観せざるを得ない見通し

 以上に見てきたように、韓国における爆発的な情報化の普及は主としてADSLとケーブルモデムという、いわばミドルバンド型インフラの上に展開されてきているので、数十Mbps以上という真のブロードバンドはまだ緒に付いたばかりということができる。ただ、それを使いこなす国民的ユーズウェアは、ミドルバンドを使いこなす向こう側に連続的に存在するという見方もできる。少なくとも普及率の高さという裾野の広がりは、今後のブロードバンド化の進展にとって大きな推進力になることは間違いない。ただし、ブロードバンド化が産業の生産性向上にどの程度寄与しているのかは、まだ判然としない領域である。
 日本も『e-Japan戦略』の計画を掲げてIT推進を図ろうとしており、目標はそれなりに高く掲げているが、それを実施する具体策は判然としない。韓国と最も異なる点は、政府の関与が民間誘導・支援型であることだ。20世紀のネットワーク公共財が道路、橋、港湾、空港等であったのと同じ意味で、21世紀のネットワーク公共財はブロードバンドであることを考え、現在の道路建設予算の1/10でも投入すればブロードバンド・インフラはあっという間にできあがる。
 日本も、日本型のブロードバンド普及方策を実施することにより、韓国に追い付き、追い越すことが果たして可能なのだろうか。筆者は、どちらかというと、このままでは悲観的な見通しを立てざるを得ない。


(注1)『グローバルリーダー、e-Korea建設』2002.3.13韓国情報通信部
(注2)人口100人あたりのインターネット利用者数は、米国53.9名、韓国51.5名、(日本37.1名) 出典:『グローバルリーダー、e-Korea建設』2002.3.13韓国情報通信部
(注3)100世帯あたりの超高速インターネット加入数は、韓国55.2世帯、米国13.1世帯、(日本6.3世帯)。なお超高速インターネットの場合は、世帯で加入して家庭内LAN環境で複数の人間が利用する場合が多いので、対世帯の数字が多く用いられる。出典:『グローバルリーダー、e-Korea建設』2002.3.13韓国情報通信部
(注4)http://www.japan.internet.com/public/materials/pdf/20020326/ekorea.pdf参照(翻訳:澤井亨)
(注5)%数字は2001年9月時点のものであるが、同年末とほとんど変わらないと思われるので採用した。出典は韓国情報通信部
(注6=当サイトには掲載していない表の注)WLL:Wireless Local Loop。ITUにおいてはFWA(Fixed Wireless Access)と呼ぶように統一している。ユーザーと通信事業者のネットワークの間を無線で接続するシステム。二つの方式があり、一つはPoint to Pointで主として企業用に使われている。もう一つは1対Nの通信を扱う Point to Multipointで、最大10 Mbpsの高速を得ることができる。
(注7)日本でも月額3,000円を切る事業者が出だしてから急速に伸びている。
(注8)インカンベント事業者:歴史的に確立した大事業者。米国のAT&Tが分割した後のRBOC's(Bell Operating Companies)や独立系の古くからの市内電話会社はILEC's(Incumbent Local Exchange Carrier)と呼ばれており、市内通信網をほぼ独占している。日本ではNTT東西がこれに相当する。
(注9)ハナロ通信とThrunet合併の動き:“Seoul broadband operators set for consolidation”by Andrew Ward in Seoul「Financial Times」2002/01/08
(注10)IMF:1997年まで順調に発展を続けた韓国経済は、11月に至って外貨準備が約39億ドルにまで減ってデフォールトに陥る重大な危険性が出てきた。そこで韓国はIMFの要求する諸条件を受け入れて、短期支援(Stand-by)資金約60億ドル、待機性(SFR)資金約135億ドル、合計195億ドルの借款を行った。国内ではIMFの要求を呑まざるを得なかったことで、実質的にIMFの管理下に入ったものと受け取り、大きな恥辱と考えた。このため経済活動は一気に冷え込み、それ以来の経済危機を単に「IMF」と称するようになった。しかし韓国経済は、その後順調に回復して外貨保有額は、2000年9月15日現在で何と917億ドルにまで回復した。これは世界第5位の高水準である。韓国政府は、借款のうちSFR資金は既に1999年末までに償還しており、Stand-by 資金についても当初の2004年までに順次返済する計画を繰り上げて2001年中に全て完済する方針を決定し、国内外に「脱IMF」を宣言した。
(注11)韓国の4チャンネル:KBS(公共放送)、MBC(民放=準公共放送)、SBS(民放)、EBS(教育放送)。
(注12)“韓国のブロードバンド事情”『海外電気通信2002-1』飯塚留美・(財)国際通信経済研究所上席研究員 17ページ






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