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特集 コロナに負けない! エンタメ・メディア業界の挑戦

電通メディアイノベーションラボ調査分析から

「楕円型映像文化」の提唱

文:美和 晃 電通メディアイノベーションラボメディアイノベーション研究部長

本誌10月号29ページでは、電通メディアイノベーションラボの奥律哉氏が「楕円型モデル」というキーワードを提唱した。今回は、これについて独自の若年層の映像視聴調査の結果を交えて解説する。また、この楕円型の映像文化を踏まえたときに、テレビはどのような取り組みを求められるのか考えてみたい。


「カジュアル動画」という映像文化の“磁場”

 「楕円型モデル」という比喩は、現在の若年層をめぐる映像文化の捉え方を表す。楕円は2つの焦点の周囲に描かれる軌道で、 2つの焦点のうちの一つは「テレビ」、もう一つは
「カジュアル動画」(当ラボによる造語)だ〔図1〕。

〔図1〕

 この「カジュアル動画」文化に慣れ親しんだ若年層にテレビ放送由来のコンテンツを届けようとすると、見逃し配信や同時配信にとどまらない新しいチャンスと課題について考える余地が生まれる。このモデルを提唱した背景にはそういう考えがある。

 では、この「カジュアル動画」を焦点とする映像文化の磁場とはどのようなものか。その
中軸と当ラボで位置づけるのはYouTubeだ。YouTubeの月間利用率は83.5%(対象は関東の男女12~69歳)と、主要な他の動画サービスと比べ群を抜く〔図2〕。

〔図2〕

 昨年からは人気のテレビタレントが続々とチャンネルを開設し、数百万人の登録者を獲得するケースも生まれている(下記はごく一部の例)。今年のコロナ状況下でも、その勢いはむしろ増している。
2017年 タレント草彅剛 など
2018年 お笑い芸人キングコング梶原雄太(カジサック)など
2019年 お笑い芸人オリエンタルラジオ中田敦彦、人気男性グループ嵐など2020年 江頭2:50、渡辺直美、川口春奈、ローラ、GACKT、錦戸亮、赤西仁など

「カジュアル動画」視聴は短時間

 YouTube視聴の特質はズバリその“カジュアル”さにある。現在、YouTube視聴の大部分は身近なスマホ経由だが、YouTubeを含む動画共有アプリの利用1回あたりの時間の長さも非常に短い〔図3〕。長さ5分以内の利用の累計で視聴機会全体の50%以上、長さ20分以内では80%に達する。

〔図3〕

 これはテレビよりも著しく短い(プライム帯のテレビ視聴(リアルタイム)の1回あたりの長さは平均50~60分間である)。YouTube動画には短尺物が多いが、ユーザー自身が細切れの時間に“カジュアル”にアプリ利用している点が重要だ。

ジャンルではない
「フォーマット」種類による索引

 テレビと「カジュアル動画」文化が異なるのは視聴セッションの短さだけではない。コンテンツ面でも著しい違いがある。これを電通のオリジナル調査(昨年、全国の15~29歳の若年層8,000名を対象に実施)から紹介する。

 まず事前調査で、最近YouTubeで見た動画のジャンルを自由記入方式で回答してもらい、129の主な下位区分に整理した。続く本調査で、129区分の視聴傾向を定量把握した。

 その結果、大きな区分でこそ「アニメ」「ドラマ」「お笑い」「スポーツ」など、テレビ番組と同じジャンルがいくつか抽出されたが、細かく見ると若年層が独特な区分方法で動画を捉えている様子が浮上した。例として下記の区分を挙げてみる。

・「音楽」の下位区分では「作業用BGM」
・「美容・ファッション・メイク」の下位区分では「プチプラメイク」(安価でもかわいく見せられるコスメやメイクテクニックの意)や「詐欺メイク」
・「語学・学習・資格」の下位区分では「聞き流し動画」

 このような区分はテレビ番組のジャンル分類では稀だ。YouTubeでは、日頃の視聴コミュニティを通じて独特の「フォーマット」による区分が自然発生的に編み出されている。また、その膨大な数のフォーマットが、若年層の頭の中では“脳内インデックス(索引) ”として共有されているのだ。

“本編”派か
“名場面・まとめ動画”派か

 さらに、若年層が「カジュアル動画」の大海で、どのようにコンテンツを組み合わせて視聴しているのか可視化した〔図4〕。129のコンテンツ下位区分を、組み合わせて視聴されやすいフォーマット同士をまとめ、9つの円で囲んだ。

 9つの囲みの中で注目されるのは「番組・映画・中継本編」系と「名場面・まとめ動画(ドラマ・映画・スポーツ)」系という2領域の対比である。 「番組・映画・中継本編」の中には映画・スポーツなどのジャンルの下位区分である「本編」にまつわるフォーマットが集中している。これに対し「名場面・まとめ動画」の中には「名場面」「メイキング」「まとめ動画」「予告」などの下位区分が集中する。このように、ユーザーは日々の視聴を通じて身につけたインデックス(索引)を手がかりに、複数のジャンルを横断してフォーマット単位で動画を選択視聴している。

 別の領域も紹介すると、「動物・ペット&語学・学習・資格・知育」系もユニークだ。この領域では釣りやペット飼育のノウハウが視聴されているかと思えば、旅行のパッキングや旅先〔図4〕YouTube視聴へのさまざまな入口 でのハウツー、語学学習、資格取得のノウハウのフォーマットも視聴されている。知識やスキルの習得という共通の視聴モチベーションに基づきジャンル横断的にコンテンツを組み合わせて視聴していることが分かる。

〔図4〕

楕円型映像文化の2つの磁場は
地続き

 このように「カジュアル動画」は、幅広いリーチと独自のインデックス体系を備え、テレビ文化と並び立つメインストリーム文化へと成長している。 冒頭に挙げた最近のテレビタレントの参入で、「YouTubeからはテレビに対抗するオルタナティブな雰囲気が失われた」と感じられるかもしれないが、オルタナティブどころか、むしろ2つの文化はいまや「地続き」という捉える方が正しい。モデル図が2つの円でなく1つの楕円と考えた理由が、ここにある。そして、地続きだからこそテレビとカジュアル動画の視聴の棲み分けと競合が激しく発生する。

 調査結果から棲み分けの一例を挙げてみる。例えばテレビで「ビジネス・経済」番組を好んで視聴する若者は、YouTubeでは「旅行、街歩き」「語学・学習・資格」「その他の趣味」などを好んで視聴する傾向が見られた。これは生活の“オン”と“オフ”に対応するが、テレビを通じて「世の中事」の知識を得て、 YouTubeではスキルやノウハウへと「自分事」化する視聴モチベーションに貫かれているとも取れる。テレビ番組を「ジャンル」で食べ、YouTube動画を「フォーマット」で咀嚼しているのである。 このように「カジュアル動画」文化で何がどう受け入れられているのかを知ることは、テレビのコンテンツ戦略の示唆へも通じる。

ラジオとテレビの事情の違い

 現在、テレビ番組のネット同時配信が、放送の最大の存在意義である一斉リーチを補完する取り組みとして注目されている。

 一方、ラジオでは2010年に事業化したラジオのサイマル配信サービスradikoが10周年を迎えた。この10年間、若年層におけるスマホ普及過程と軌を一にしてサービス普及が進んできた。元来ライブ性に優れ、聴取コミュニティとの対話を重ねてきたラジオだが、当ラボの最近の調査では、ラジオが10代後半の若者にとって「ライブ動画配信サービス」と同質の体験として感じられていると分かった。10年間にわたるradikoによるサイマル配信の普及を経て、ラジオは若者にとってスマホで楽しむ「ライブ音声ストリーミング」という真新しい体験となったと言える。

 ただ、テレビに話を戻すと状況は異なる。YouTubeが日本に上陸した2006年から数えて約15年。若年層のテレビ離れは徐々に進み、「カジュアル動画」という映像文化の磁場に引き寄せられていった。映像文化はこうして2つの磁場が並び立つ楕円型へ変形したのである。

 その楕円型映像文化の海へ、テレビ番組のネット同時配信はこれから船出する。長尺かつ完パケ番組の配信は重要だが、短尺フォーマットが牽引する「カジュアル動画」文化に軸足を構える若年層からの受容を目指すならば、その他の取り組みも必要となる。そういった考えが楕円型モデルの背景にある。

同時配信以外の
取り組みの可能性とは?

 では、テレビには更にどのような取り組みが可能だろうか。 YouTubeには“本編”派と“名場面・まとめ動画”派という異なる視聴モチベーションを持つグループがあると述べた。課題は“名場面・まとめ動画”派の視聴モチベーションに応える取り組みだ。 このグループを振り向かせるフォーマットの可能性を挙げてみる。

・公式ダイジェスト動画・次回予告動画(放送直後の次回予告より詳しい)
・オリジナルスピンオフ動画・出演者別のハイライト編集動画・出演者インタビュー動画
・名場面・名セリフ動画集・名場面
・名セリフの視聴者投稿動画・出演者、ロケ地、番組内使用グッズなどと連動したCM動画

 調査では、これらフォーマットの視聴ニーズを把握した。その結果、現在の見逃し配信利用層の規模を押し広げる新たな若年視聴者層の獲得可能性が示された。また、上記は多くの番組に共通で適用できるフォーマットの例だが、実際には番組ごとにフォーマットの工夫の余地が数限りなく残されている。

楕円型モデルの今後に向けて

 今後もテレビが若者に受容され続けるためには短尺フォーマットをカジュアル動画文化の磁場へ投入し、橋頭堡を確保する必要がある。楕円型モデルではこうした考え方を投げかけた。

 今後、取り組みを本格化させるにはどうすればよいだろうか。

 テレビ制作者のパワーを結集し、TVerのような独自のプラットフォームを構えてカジュアル動画への対応力を示すのか、YouTubeに代表されるカジュアル動画文化の磁場で各局が個別に取り組むのか、あるいはその両方が求められるのか、という検討ポイントがある。また、広告モデルを含めマネタイズの課題もある。

 楕円型モデル提唱を契機にテレビコンテンツ資産の価値をどう最大化させていくのか、引き続き考えていきたい。

 


@月刊ニューメディア2020年11月号掲載



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